ゼウスは神々に呼びかけ様々な贈り物をパンドラに与えた。
その贈り物の中に決して開けてはならない『箱』があった。
しかしある時、パンドラは禁を破って箱を開けてしまう……
すると箱からは『全ての悪』が飛び出していった。
それは、病気、悪意、妬み、憎しみ、偽善、保身、悲しみ、飢え、暴力、狂気……。
ありとあらゆる様々な災いがこの世に飛び出した……
これが、ギリシャ神話に出てくる『パンドラの箱』の話しである。
しかし、この話しにはさらに続きがある……。
パンドラは急いで箱の蓋を閉めたため、人類にはたった一つだけ残ったものがあった。。
人類に残ったもの、それは『希望』である。
「でもね、わからないのよね」
冷えたキウイフルーツを銀のスプーンですくいながらヘネラリーフェが言った。
「世界中に災いが飛び出して、パンドラの箱の中に希望だけが残ったってことは、逆に人類に希望はないってことになるんじゃない？」
「そういう考え方もあるな」
幾分、憮然とした表情でロイエンタールが応じたのは、彼の目の前にある白い陶器に赤い薔薇が描かれた美しいオルゴールの存在の所為だろう。
「どうして間違えてこっちにきちゃったのかしらね」
まさか、また取り憑きにきたとか……
ちゃかしてヘネラリーフェがそう言うと、ロイエンタールの表情は益々憮然とした。
ここはフェザーンのロイエンタール邸。
ヘネラリーフェがフェザーンに戻ったことで住むところも決まり、オーディンの本宅から必要な物を引っ越しした所、指示もしていないのに、ロイエンタールの母レオノラの遺品である件のオルゴールが届いたのである。
それは以前ヘネラリーフェが謝って落とした『あの』鳴らないオルゴールでもあった。
「ともかく」と、キウイを食べ終えたヘネラリーフェは、手違いであれ送られてきたものをわざわざ送り返すこともなりでしょうと言い、ロイエンタールを無理矢理頷かせた。
彼女には、ただの偶然とは思えなかったのだ。
とは言え、本当にまた取り憑かれたら、冗談では済まされないのだが。
そして数日後……
オルゴールを目の前にして、ヘネラリーフェがポツリと呟いた。
「これって、なんだかパンドラの箱ね」
「どうした？」
「うん……なんていうか、ロイエンタールにも、お母さんにも悪いけど、このオルゴールが全ての厄災を持ってきてロイエンタール家に撒き散らしたって思っちゃって」
「・・・・・」
でも、だとしたら希望は？
ヘネラリーフェは何気にオルゴールを手に取り、蓋を開けた。
無論音は出ない。
オルゴールとは、櫛の歯形の固定音階板を装置し、ぜんまい仕掛けで回転する円筒につけたとげが順次それに触れて自動的に演奏するものである。
その中身を見ようとしたヘネラリーフェは、小さな声を上げた。
「あ……」
目の前に現れたのは、オルゴールの中身に無造作に紙が挟み込んであったからだ。
（これは鳴らないんじゃない、馴らさないようにしてあるんだわ）
咄嗟にロイエンタールを見やると、幾分分の悪そうな表情のロイエンタールの金銀妖瞳と青緑色の瞳が正面からぶつかった。
「これって、ロイエンタールがやったんでしょう？」
ヘネラリーフェの言葉に、ロイエンタールが悪戯っ子のような目をした。
「この中に、ロイエンタールの希望が入っていたんだね」
恐らくこのオルゴールが鳴らなくなったのは、母レオノラ存命中のことなのだろう。
彼は、ずっと求めていたのだ。母の愛情を……希望ある未来を……
（でも、このオルゴールを鳴らすと、希望まで飛んでいってしまいそうで）
恐らく彼はそう思い、このオルゴールを母の目を盗んで封印したに違いない。
「ロイエンタール、もう良いでしょ？」
もう苦しまなくても、哀しまなくても良いでしょ？
「残された希望、役不足かもしれないけど、私ではいけない？」
小首を傾げながら言うヘネラリーフェの細い肩を抱き寄せると、ロイエンタールは彼女の耳に『ja』と囁いた。
ヘネラリーフェが徐にオルゴールの内部に詰めこまれていた紙を取り出す。
そしてゼンマイを回した。
流れてきたのは、澄んだ音色の『乙女の祈り』。
ロイエンタールの母レオノラの想いはわからぬが、この優しい旋律を愛でたからこそ、鳴らなくなったオルゴールを手元に置いていたのだろうとヘネラリーフェは思う。
決して、ロイエンタールは歓迎されずに生まれてきたのではないと、彼女は心の中で呟き、華奢な肩に絡まる逞しい腕を抱き返したのだった。
キリ番６５６５６番をゲットされたサリーさんのリクエストで、『パンドラの箱』なロイ＆リーフェでした。
パンドラの箱の話し自体をよく知らないので、私の主観で書いてしまいましたが、気に入っていただけたで良いのですが……m(__)m
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