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（あれ、何か忘れているような……？）
そう思ったのは、たまたま見ていたソリビジョンのＣＭが切っ掛けだった。ちなみにそのＣＭは、赤ちゃんのミルクの宣伝である。
ヘネラリーフェは軍人である為、出撃の度に経口避妊薬で月経を調整してきた。
幸か不幸か、そのおかげで、周期がバラバラになり、一月で月経が来たと思えば、半年もこないということもざらだ。
だから、考えもしなかった。
自分にも妊娠する可能性があるということを……
「どうしよう……ロイエンタールが知ったら……」
彼は、新しい命を決して歓迎しないだろう。
今でも自らの命を消し去りたいと思っているロイエンタールが、彼の血を引く子供の誕生を望むとは思えなかった。
焦りながら、ヘネラリーフェはとにかく妊娠が事実なのか否なのか確かめなければならないことに気付き、あわてて薬局へと買い物に出掛けた。
購入した妊娠の是非を調べる試薬をもってレストルームに飛び込む。
そして、結果は……ある意味、嬉しく、そしてある意味、絶望的な結果だった。
（どうしよう……とっても嬉しいことなのに、素直に喜べないなんて）
どうやって、彼に事実を知らせよう……
ヘネラリーフェの気持ちは落ち込むばかりであった。
その日の夕食の雰囲気は、いつもと違い澱んでいた。
いつもは聞き役にまわるロイエンタールに対して、明るく色々話し掛けるヘネラリーフェが、今夜に限って無口だったからだ。
「何かあったのか？」
心配そうに貌を覗き込んでくるロイエンタールに、だがヘネラリーフェは曖昧な笑みしか返すことしかできなかった。
生むなら、自分一人ででも育てる覚悟はある。
だがもし堕胎することになれば……どちらにしても、一刻も早く結論をださねばならない。
ヘネラリーフェの心は益々沈んでいった。
翌日、ロイエンタールは公休日であった。
気候の良いこの季節、たまにはと、二人でテラスで朝食を取る、
が、ここでロイエンタールがヘネラリーフェの異変に気付いた。
ロイエンタールは、朝食は取らない主義で、いつもコーヒーだけなのだが、ヘネラリーフェは朝食はしっかり食べる派で、その彼女は目の前の手抜きのアメリカンブレックファーストでなく、フルイングリッシュのさも美味しそうな食事に手を付けようとしない。
いや、全く手を付けていないわけではなかった。
彼女は、やたらフルーツばかりを食べていたのだ。
「どうした？ 食欲がないのか？」
さっきから果物しか食べていないじゃないか。
ロイエンタールの言葉に、ヘネラリーフェはビクリとフォークを取り落とした。
「あ、いや、その……」
べつに気分が悪いわけではない。
ドラマのように、いきなり「うっ」と吐きそうになって洗面所に駆け込むというような、つわりの症状も全くない。
が、やはり躰が内側から変わっていっているのだろう。食欲はあっても、なんとなく胸がむかむかして、目の前の朝食に手をつける気には、どうしもなれなかった、
「気分が悪いなら、寝室で少し休んだらどうだ？」
心配げな色合いを秘めた金銀妖瞳に見つめられて、ヘネラリーフェの心拍数が上がる。
（どうしうよう）
どうしたって、隠し通すことなど無理なことだ。だが言い出しにくいのも事実で……
「少し休め」
と、ロイエンタールがヘネラリーフェの華奢な躰を横抱きに抱き上げた時、ヘネラリーフェは決意した。どういう結果になっても、私は逃げないと、堅く誓いながら。
「あのね……」
ロイエンタールの腕のなかで言いよどみながらヘネラリーフェは告白した。
「あのね、赤ちゃんが出来ちゃったみたいなの」
瞬間、ロイエンタールが固まったのがヘネラリーフェにはわかった。
（やっぱり。この子は歓迎されない子供になってしまうのだろうか）
いや、例え父親であるロイエンタールが拒否したとしても、ヘネラリーフェの子だ。一人ででも育てる決意はしている。それでも、哀しいのも事実だった。
「本当か？」
乾いたような声でロイエンタールが問うのに、ヘネラリーフェは無言で頷いた。
「まだお医者様に見て貰ったわけじゃないけど、試薬で調べたら陽性だったから、多分妊娠に違いないと思う」
「・・・・・。」
ロイエンタールは無言だった。
「あのね、貴方が子供をおろせと言っても、私は生むわ。一人で育ててみせる。どんな容姿で生まれてきても、この子は私とロイエンタールの子供なんだから。万が一、ロイエンタールが父親の権限を放棄するなら、それでも私の子供だから、私が育てるわ！！」
一気にまくし立てるヘネラリーフェに、ロイエンタールはクスリと笑みを零した。
「おいおい、誰がおろせと言った？」
「え？」
ロイエンタールは、ヘネラリーフェの躰を横抱きから立て抱きに抱き変えると、彼女の躰のことも考えて、そっと抱き締めた。
「ロイ？」
「俺は俺の子などいらないと思っていた。無論これまでは……という意味でだが」
だが、ヘネラリーフェを得たことで彼の考えは変わったのだ。
「俺とお前の子だ。さぞかし容姿端麗で聡明な子に育つだろう」
「生んで良いの？」
「勿論だ」
例えどんな瞳の色の子供が生まれてこようと、関係ない。いや、ヘネラリーフェの子供なら、自分で子であることに間違いがあろう筈がない、
そして、彼女は最上の慈愛を持って、生まれてくるその子供を愛するだろう。ロイエンタールに対してそうするように。
ロイエンタールはヘネラリーフェの躰に負担が掛からぬように注意しながらも彼女の躰をぎゅっと抱き締め、そして耳元にそっと囁いた。
「ありがとう」
そう、二人には、自らの血を引く家族が誕生するのだ。
そして数ヶ月後、ヘネラリーフェは男児を出産した。
瞳はヘネラリーフェの青緑色を、髪はロイエンタールのダークブラウンの髪を受け継いで。
当初、ヘネラリーフェは出産後のロイエンタールのことを心配していた。
これまでのように、ロイエンタールばかりに構っていられない。そうなることで、彼が子供に憎しみを抱いたりしないかと案じたのだ。
だが、それは杞憂に終わった。
ヘネラリーフェが赤子を抱き、乳をやる姿、優しい声で歌う子守歌、そして、その華奢ながらも優しい腕に抱かれてスヤスヤと眠る赤子を見る彼の金銀妖瞳は、限りなく優しかったのだ。
恐らく彼は、自らには与えられなかったものを、生まれたばかりの赤子に投影していたのかもしれない。
そんな赤子には『フェリックス（幸福）』という名が贈られた。
キリ番６００００番をゲットされた綾華さんからのリクエストで、ついにパパになってしまったロイエンタールのお話でした。
このお話は、そのままそうなったと思って読んでいただいても良いですし、あくまでも「未来予想図」として読んでいただいても、どちらでも構いません。読者様方それぞれで解釈してみてくださいね。
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