「あ……ナイトハルト……」
「辛いかい、フリュー？」
　でも、ごめん……
「止められないんだ」
　君の全てを、僕の物にしたいから。
　二人が真に結ばれた少し辛くて、だがそれ以上に甘いその夜を、闇が優しく包み込んだ。
　
　翌朝、フローラは愛しい男の腕の中で目を覚ました。
　カーテンの隙間から入ってくる朝日が、若葉色の瞳に眩しい。
　ふと目を逸らすと、上から覗き込んでくる砂色の瞳とぶつかった。
「ナ、ナイトハルト」
　昨夜のことを思い出し、フローラの白皙の頬が薄紅色に色付く。
「おはよう、よく眠れたかい？」
「う、うん」
　そう返事をしながらベッドの上に起きあがろうとしたフローラは、躰の中心を貫く鈍痛に思わず呻きながら、ミュラーの腕の中に倒れ込んだ。
「大丈夫かい？」
　手加減できなかったんだ、昨夜は……
　ミュラーがフローラの耳元にそっと囁く。
　恥ずかしさと、くすぐったいような甘い幸せとで、益々頬を染めるフローラであった。
「さて、では朝食作りでも始めようか」
　ミュラーが起きあがり、引き締まった裸体がフローラの目に入る。
　だが、その身体には無数の傷があった。
「・・・・・」
　フローラは、自分の知らないミュラーの姿をかいま見たような気がして目を伏せる。
　自分が現実から目を逸らして別の世界の住人と化している間に、愛するミュラーは絶えず戦場に立ち、戦い続けてきたのだ。それを思うと、胸が痛む。
　自分は、怪我だけでなく、戦闘に携わることで生まれる苦しみに打ち震える彼の姿を知らない。
　彼が一番抱き締めてもらいたかった時に、自分は傍にいてあげられなかったのだ。
　フローラの指が、不意にミュラーの身体に残る傷をなぞり始めた。
「フリュー？」
「ごめんね……ずっと傍にいてあげられなくてごめんね……」
　若葉色の双眸から大粒の涙が零れ落ちる。
「ずっと傍にいれくれたよ」
　ミュラーはフローラの華奢な肢体を上掛けごと抱き締めると、日溜まりに包まれた麦藁のような淡い金色の髪を撫でながら囁いた。
「いつも君は、僕の胸の中で僕を支えていてくれたよ」
　フローラが目覚めるその日まで、そして再び彼女と抱き合う日を夢見て、その想いだけを拠り所にミュラーは戦い続けてきたのだ。
「だから、自分だけを責めないでくれ」
　責められるべきは、あの時フローラを守りきれなかった自分でもあるのだから。
「さあ、とにかく朝食にしよう」
「あ、それなら私が……」　
　咄嗟に起きあがろうとしたフローラが、小さく悲鳴を上げる。
　躰が軋むような悲鳴を上げたのだ。
「君はもう少し休んでいた方が良いよ」
「でも……」
　それじゃあ、何の為に結婚したのかわからない。
　そう言いつのるフローラの言葉にミュラーは笑った。　
「僕は、家政婦さんが欲しくて結婚したつもりはないよ」
　これからの生活は、お互い出来る方がやれば良い。
「もう少し休んで、それからダイニングにおいで」
　ミュラーは優しいキスをフローラの額に残し、スラックスの上にシャツを羽織っただけで寝室を後にした。

　パンを焼き、オムレツを作り……一人暮らしが長かったミュラーは手際よく朝食の支度をしていく。
　その時、いつもより喧しい小鳥の鳴き声に気付き、ミュラーは振り向いた。
　ダイニングから続いた居間の向こうにあるウッドデッキにレースのガウンを羽織ったフローラがいる。
　そして、小鳥たちはそのフローラの手や肩に留まって囀っていた。
「へぇ、驚いたな、君にそんな特技があったなんて」
　朝食作りの手を一旦止めてミュラーもデッキに出て行く。と、小鳥たちは忽ち飛び差ってしまった。
「ごめん、凄く慣れている風だったから……」
　謝るミュラーに、フローラはクスリと微笑んだ。
「一度人間を辞めちゃった所為か、変な特技が出来るようになっちゃった」
　飄々とした口調だが、内容はシビアだ。
　ミュラーは思わずフローラを強く抱き締めた。
　どのくらいそうしていただろう。
「ナイトハルト、苦しい……」
　フローラの言葉にミュラーがハッとしたように力を緩める。
「ごめん」
「ううん……それよりも、私にも朝食作りのお手伝いをさせてくれない？」
　難しいことは出来ないが、最愛の人の奥さんになったからには、何かしたかった。
「う〜〜ん、そうだなぁ……だったら、レタスを剥いてくれる？」
「Ｊａ」
　まだ躰は本調子ではない。だが、何かしたい＝自分の存在意義を確かめたい……フローラは恐らくそう思っているのだろうと察したミュラーは、敢えて彼女に仕事を与えた。
　他愛ないお喋りをしながら朝食作りの作業は続く。
「ナイトハルトって起用なのね」
　オムレツの見事な出来映えと、薫り高いコーヒーの香りに歓声を上げるフローラが愛しくて眩しい。
「えっと、レタス、これくらいで良い？」
　オムレツ作りとコーヒーのドリップに熱中していたミュラーが声に振り向くと、彼はそのまま唖然と固まった。
　そこには、恐らく丸々一個のレタスを剥いた慣れの果てと言うべきレタスの山があった。
「・・・・・」
　思わず黙り込むミュラーに、フローラが不安な目を向ける。
「ごめんなさい、もしかして、こんなにいらなかった？」
　考えてみれば、躰が本調子どうこう言う以前に、彼女は家庭科が苦手だったことを思い出したミュラーは、突然笑いだした。
「ナイトハルト〜〜〜、やっぱりこれじゃ駄目だった？」
　半分涙ぐみながら笑うミュラーにフローラが抱き付いてくる。
（暖かい……）
　フローラの柔らかくて甘やかな躰を抱き締めながら、ミュラーは漸く手にした幸せに酔った。
　さて、朝食はどうなったかというと、極ありきたりに見える朝食ながらも、サラダだけが馬が食べるほどあったとかなかったとか……
　真実を知るのは、二人だけである。

キリ番『９９９９』ゲットのまゆさんからのリクエストで、「桜の樹の下で」の続編「ミュラーとフリューの新婚生活」でした。
お莫迦カップルにするつもりだったのですが、ちょっと真面目になってしまいましたが、とりあえず目的は達成できたかなと思います。
朝食作りの時のやりとりとか、ミュラーの身体にある傷をフローラがなぞるとか、ミュラーの悩ましい台詞とかを入れられたので（笑）
ついでに、久々にロイ×リーフェ以外のお話で、書いている私の方も、新鮮な気分になれました(#^.^#)