刻の贈り物



 突然ですが…… ロイエンタールは悩んでいた。朝も昼も夜も食事中も仕事中も、とにかくずっと悩んでいた。

「仏頂面で食事すると、躰に悪いわよ」
 夕食の席で、ヘネラリーフェは思わずこう言っていた。
 普段から仏頂面なロイエンタールにこう言いたくなってしまうほど、今夜のロイエンタールの仏頂面は凄まじかったのだ。ま、言い換えれば、彼女にとって普段の彼の表情は決して仏頂面などではないと言うことなのだろうが。
 ヘネラリーフェは、表情が乏しいロイエンタールの、だが他人にはわからない微妙な表情と精神状態の変化を感じ取ることができる数少ない(実際、こんなことができるのは銀河系内に彼女以外にはあと一人しかいない)奇特な人間のひとりなのだ。
 が、だからこそ、今のロイエンタールは明らかにおかしいのだと心配を募らせていた。なにせ、心ここにあらずな状態がここ数日ずっと続いているのだ。
「何か悩みでもあるの?」
 ロイエンタールは他人に弱味を見せることはない。そのすべてをほぼ自らの内側で昇華してしまうのだ。強い人間だと周囲の人間は思っているだろう。だが、そうではない。むしろその逆、彼ほど脆くて危くて繊細な人間はいないのだ。
 自分の心内の中にだけ留めて押し込めて、そして道道巡りと化す。だから、放っておけば洒落にならない事態にもなりかねないのである。
 だが、そもそも他人に弱味を曝け出すことを極端に嫌うロイエンタールが、その心内を吐露することは天地がひっくり返ってもあり得ないと誰もが断言できることでもあった。ただし、たったひとりを除いては……
「ひとりで長時間悩んで解決できることなら私はとやかく言う気はないけど、でも、そうじゃないなら……」
 ひとりで悩まないで欲しい。ヘネラリーフェは柔らかな微笑を湛えながら、ロイエンタールにそう囁いた。
「貴方って放っておくとどんどん深みに填っちゃうから心配だわ」
 口元に微かに苦笑を浮かべながら、ヘネラリーフェはロイエンタールの頬を両手で挟んで顔を自分の方に向けて引き寄せると、彼の額に自分のそれをコツンと当てながら更に言葉を続けた。
「無理にとは言わないけど、でも話すことで少しはスッキリすることもあるでしょう?」
 至近距離にあるヘネラリーフェの澄んだ青緑色の双眸がロイエンタールの左右色違いの金銀妖瞳を包み込むように、だが真っ直ぐに見つめてくる。言葉を放つたびに頬をくすぐる甘やかな吐息と琥珀の柔らかな髪…… ロイエンタールは観念したように、端麗な口元に苦笑を浮かべて頷いた。
 まったく、誰がこの光景を信じよう? およそ他人に心を許したことのない冷徹非情な元帥閣下が、ただひとりの女性の前ではあまりに無防備で骨抜きな姿を曝す。これはもう、ヘネラリーフェだからこそなせる技というか、偉業だろう。
「お前、他人にプレゼントしたことあるか?」
 不釣り合いな言葉に、ヘネラリーフェは一瞬だけ言葉を失った。それまでのロイエンタールの様子から、彼の悩みはそれはそれは重大かつ重要なものだと思いこんでいたのだ。
(そんなことで悩んでいたの?)
 だが、それは口にはしなかった。他人にはバカバカしすぎる、いや、そもそも悩みとも思えないようなものであっても、ロイエンタールにとっては決してそうではないのだと思いなおしたのだ。
 ロイエンタールの心にはその生い立ちの所為か、どこか大人になりきれていない子供の部分がある。感情表現が下手なのもそうだし、子供が親から当たり前に与えられるべきものを与えられなかったことで、いわば人間同士の絆とか情というものに極端に疎いのだ。
 わからない…… そう言うのがおそらく一番相応しいのかもしれない。ロイエンタールはわからないのだ。世間一般では悩みにならないそれを解決する方法が…… それは恐らく、子供が初めて遭遇したトラブルに対処できないようなものであり、故に彼の悩みを「そんなこと」と言って笑うことはヘネラリーフェにはできなかった。
「プレゼントならしたことあるわよ。友人とか両親とか(ダグにも勿論)、相手はいろいろだけど」
 だから質問に対しての答えは自然真剣なものになった。
「その時、お前はどういう品を選ぶんだ?」
 なるほど、どうやらロイエンタールはプレゼントの品で悩んでいるらしい。それが誰に対しての物なのかはわからないが、恐らく彼にとって真剣に品を選ぶという行為はまだたった二度目でしかない、つまりほとんど初めての体験なのだ。
 一度目、捕虜時代のヘネラリーフェへの気持ちに気付いた時のロイエンタールの不器用な想いのこめられたプレゼント攻勢も、自分で選んだというよりわからないから片っ端から買って贈ったという感じだった。
 あの時も、今のように寝食を忘れて悩みまくったのだろうか? そう考えると、なんだかロイエンタールが可愛く見えてしまう。と、こんなこと間違って口にしようものなら、一〇〇倍になったお仕置きがベッドの上で返ってきそうではあるが。
「どういう品って…… そうねぇ、相手の喜びそうなものとか……」
 我ながら独創性の欠片もない答えだとヘネラリーフェは内心苦笑した。どういう品を贈るのか? と問われてみて初めて気付いた。贈りものとは、これまたなんと漠然としたものだろうと……
「相手の喜ぶもの……?」
 ロイエンタールは益々わからないという顔をした。そりゃそうだろう。それこそロイエンタールにとって最もわからないもののひとつなのだから。
「一緒に選びに行こうか」
 ここで悩んでいても解決にはならない。実際品を見ながらの方が、ロイエンタールにもわかりやすかろう。そう考えての言葉だったが、ロイエンタールはヘネラリーフェと二人で買い物が出来るという方に反応したようで、あらかさまに嬉しそうな表情を見せた。
 その笑顔を見ながら、考えたらロイエンタールと街に出てあてもなくブラブラしたり、ショッピングをしたりしたことなんてなかったなと、ヘネラリーフェはここにいたってようやく思い至り内心苦笑を洩らす。
(ついつい籠もりがちになってたものね)
 こっそり溜息を吐きながらの独白…… 無意識ながら、どうもヘネラリーフェの方がここフェザーンでは些か対人関係に難があるようだ。
「明日は確か仕事休みだったわよね」
 記憶の中のロイエンタールのスケジュールを反芻しながら上目遣いにそう問い掛けてみる。
「ああ……」
 端的な返事ながらも、やっぱりその表情は嬉しそうで…… もっとも他人が見れば『どこが?』というくらいに、見ようによっては普段と全然変わらないのだが。
 が、そんなことはヘネラリーフェにだけわかれば良いのである。少なくともロイエンタールにとっては、であるが。
 ともあれ、この端的な言葉のやりとりで、だが二人の明日の外出は決まったのだった。

◇◇◇◇◇

 翌日、ラフなんだけれども洗練されてついでに涼しげな私服のロイエンタールと、思いっきりロイエンタール好みな、素材とデザイナーは超一流な、シンプルでありながらも超可愛らしいマリンルックなデザインのワンピースに身を包んだヘネラリーフェが、フェザーン市街の中でも最も若者に人気のあるお洒落な店が建ち並ぶ一角を寄り添うようにして歩いていた。
 季節は真夏…… 燦々と降りしきる輝く陽光を受けてヘネラリーフェの琥珀色の髪と白皙の肌と海の如く青緑色の瞳が楽し気にキラキラと輝いている。
 傍らに寄り添うロイエンタールも、普段の冷淡で冷徹で冷酷な雰囲気を纏う彼とはまったく違っていて、かといってやはりどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出してはいるのだが、それでもヘネラリーフェを見つめる金銀妖瞳は傍目に見てもどこか優しくて…… そんなふたりの姿はどこから見ても巷に溢れる仲の良い似合いの名もないカップルだった。
 これはもうデート以外の何モノでもないだろう。その証拠に、昨日まで思い悩んでいたロイエンタールの仏頂面な表情は、今日は綺麗サッパリ消え失せどこか楽しげなものになっている。
 考えたらこの二人、カップルと呼ぶにはあまりに尋常でない関係からスタートしているわけで、つまりごく普通のカップルのようなデートもまったくしたことがないようである。戦艦や要塞の中で情事に及んでも、それはいくらなんでもデートとは呼べないだろうし。
「ところで、一体誰へのプレゼントで悩んでいるわけ?」
 と、漸くここでヘネラリーフェが肝心の確信に迫る発言をした。どうやら、昨夜はそこまで話が至らなかったらしい。余計なことは一切聞かないヘネラリーフェらしいと言えばらしいが、精神的に追い詰められたロイエンタールに対するときのその気の長さは、ヤンファミリーから見れば恐らく別人二八号だろう。あくまでもお子ちゃまロイに対するときだけなのだが、その気の長さは……
「ミッターマイヤーへの誕生日祝いだ」
 なるほど、これでやっと納得がいった。というか、聞いてしまえば実に単純明快なことなのだ。ロイエンタールがプレゼントをしようなどと考える人間など、それこそ片手で足りるほどしかいないのだから。
「でも、だったらわからないことがあるんだけど……」
 ロイエンタールとミッターマイヤーの友誼は、それこそ十数年前にまで遡る。つまり、昨日今日の仲ではないのだ。
「これまでにミッターマイヤー提督にプレゼントをしたことってないの?」
 昨夜のあの悩みっぷりは、どう見ても初めてプレゼントを贈ろうとする男にしか見えなかった。それとも、まさか毎年のように仏頂面で何を買えばいいのか悩んでいるのだろうか?
「初めてではない。だが、真剣に考えるのは初めてかもしれないな」
「……………」
 それはつまり、去年まではおざなりに品を決めていたということなのだろうか?
「そういうわけではない」
 一応、その言葉を聞いてヘネラリーフェは安堵の溜息を吐いた。いくらロイエンタールでも、他の人間にならともかくミッターマイヤー相手におざなりにプレゼントの品を選んでいただなんて考えたくないことだし、そもそも想像もできないからだ。
「だったら何を……?」
 一体去年まではどうしていたのだろうか? 
「よくわからないから、差し障りのないものにしていた」
 どうやら、その殆どが酒(しかも世間一般的に逸品と呼ばれているようなものばかり)に化けたらしい。なるほど、如何にもロイエンタールらしいし、その品ならミッターマイヤーも喜んでくれただろう。
「で、今年に限ってどうしてまた……」
 至極当然の疑問だろう。悩むまでもなく、それが多分一番間違いがなくて差し障りがないプレゼントだと思える。そもそも、男女間のプレゼントならともかく男性から男性へというのは、ロイエンタールでなくとも悩むところだろう。
「悩みたくなった」
「はぁ?」
 ヘネラリーフェと出逢って、彼女の何事に対しても一生懸命な所を見ているうちに、ロイエンタールはどうやら心を動かされたらしい。これまでの投げ遣りで後ろ向きな生き方を、今すぐとはいかないだろうが、だが前向きな生き方に変えたかった。ヘネラリーフェと対等に並べるくらいに、そして彼女を守れるように強く優しい人間になりたいと心の底から思ったのだ。
「それとプレゼントとどういう関係があるのよ」
「お前、言っただろ? プレゼントの品は相手の喜ぶものをがいいと」
 確かに、昨夜ロイエンタールに訊かれてそう答えた。
「俺は、去年までそんなこと考えもしなかった」 
 プレゼントしようと考えるくらいだから、そりゃまったくそういう気持ちがなかったわけではない。だが、ある意味義務感というか、心から相手のことを考えて品を選んでいたわけではなかったのだ。
「お前にな、何か贈りたいと思った時はじめて気付いたんだ。それまでそんなことしたこともなかったし、そんなこと考えたこともなかったのに、でもあの時確かにお前の喜ぶ顔を思い浮かべながら選んでいて、俺は楽しかったんだとな」
 不器用な、目に付くものを全て購入して贈ったとも思える、あの極端すぎるプレゼント攻勢。あの時はまだヘネラリーフェは捕虜として扱われていた頃で、ロイエンタールへの気持ちは憎しみの方が勝っていたが、それでも彼の不器用な想いが伝わってきて仄かながらも嬉しく思った記憶が甦る。
 今、ロイエンタールはミッターマイヤーに対してもそういう想いで贈り物をしたいと思っているのだ。
「そっか…… ミッターマイヤー提督、きっと大喜びよ」
 ヘネラリーフェは優しさ溢れる笑みをロイエンタールに向けた。

◇◇◇◇◇

 しかし、やはり手間取った。雑貨、小物、服飾、言わずとしれた酒…… とにかく、目に付く店のすべてに入り吟味しているにもかかわらず、結局「コレ」というものに出逢えないまま時間だけが過ぎていく。
 個人のショップだけでなく、巨大デパートをそれこそ上から下まで見て回ったが、やはりロイエンタールを納得させるだけのものが見つからない。
 そのうち、ロイエンタールの表情はまたも昨夜のような仏頂面へと変化していった。
「もう、またそんな顔して」
 ヘネラリーフェは頭痛を堪えるような渋面で溜息を吐きながら、ひとまずデパートから脱出すると、ロイエンタールを路地裏のカフェへと連れ出した。
「今日一日で決めようだなんて思わなくてもいいじゃない。日を改めたら案外あっさり決まるかもしれないし」
 カフェの前の舗道にしつらえられたオープンカフェ風の席に落ち着いて、苦そうな表情でコーヒーを啜るロイエンタールに、香しい芳香漂う紅茶のカップを口元に運びながらヘネラリーフェが元気つけるように囁く。
 実際、ヘネラリーフェもそういう経験が結構あるのだ。そもそも、疲れを感じ始めたら納得のいく品など選べやしない。それはプレゼントだけに限らず、買い物全般に言えることでもある。
「悪いな、付き合わせて。疲れただろ?」
 ロイエンタールと出逢う以前を思えば格段に体力が落ちているだろうヘネラリーフェのことを思いやってか、心底申し訳ないという表情で謝るロイエンタール。が、ヘネラリーフェは笑いながら首を横に振った。
「そんなことないわ。むしろ楽しいもの」
「楽しい?」
 ロイエンタールがわからないという表情をした。プレゼントを選ぶことを楽しむというのはわかった。だが、少なくともそれはロイエンタールに言えることであり、ヘネラリーフェはただ付き合わされているにすぎないのだ。にもかかわらず、楽しいとはどういう意味なのだろうか……
「だって、こうやってロイエンタールとお洒落なカフェでお茶できたわけだし、一緒にミッターマイヤー提督の顔を思い浮かべながら、あ〜でもない、こ〜でもないって悩むのも楽しいじゃない」
 ロイエンタールを慰める為に言っているのではなく、ヘネラリーフェが今日のこのプレゼント選び兼デートを心底楽しんでいるというその言葉と表情に嘘はないということが、ロイエンタールにもハッキリとわかった。
「そんなものなのか?」
 そんなものなのよ…… ヘネラリーフェは苦笑し、思いついたように更に言葉を続けた。
「う〜〜ん、じゃあね例えば私が義父母へのプレゼントが欲しくてお店に見に行ったとして、貴方どうする?」
「当然ついていく」
 でしょうね…… ヘネラリーフェはクスリと笑った。
「で、その時貴方はどう思う? 苦痛か、そうでないか」
 少しくらいは悩んでほしいものだが、だが予想通りロイエンタールの答えは即答だった。
「苦痛なわけがない。お前と一緒なのだし、なにより親父さんと母上へのプレゼントなら、俺も一緒に選びたい」
 ヘネラリーフェは堪えきれずクスクスと笑いだした。まったく、ヘネラリーフェにはこれほど素直な反応を見せてくれるというのに、彼女以外の人に対してはまだどこか一歩引いた所があるのだ。だから「わからない」ということが出てくる。
 忍び笑いを洩らすヘネラリーフェを、何がおかしいんだ? とばかりに ロイエンタールが訝しげな表情で見つめ返してきた。
「私も、貴方のその気持ちと同じってことよ」
 尚もクスクスと笑いながら、ヘネラリーフェはそう返した。
「なるほど……」
 ロイエンタールの口元に苦笑が浮かび上がる。やっとわかってくれたようだ。
 ほどなくしてふたりはカフェを後にして、今度はただブラブラと歩き出した。と、不意にロイエンタールの腕にヘネラリーフェが華奢な腕を絡める。
 ロイエンタールは思わずマジマジとヘネラリーフェを見下ろし、その視線に気付いたヘネラリーフェは少々首を傾げながら無言で彼を見上げる。それはまるで「駄目?」と甘えて強請っているようにも見えて……
 ロイエンタールは端麗な口元に苦笑を浮かべたのみで無言だったが、その表情はどこか嬉し気で…… 結局、二人の腕が離れることはなく、仲睦まじい恋人同士の姿がそこにはあった。
 一軒のレストランの前を通りかかった時、急にヘネラリーフェが足を止めた。その三ツ星レストランは、このフェザーンでも五指に入るほどの高級店である。ロイエンタールは当然お得意様であるその店にはヘネラリーフェも何度か連れて行ってもらっているが、実は初めて行って以来彼女自身かなり気に入っている店でもあった。
 ヘネラリーフェが気に入った理由は、そこが高級店だからではない。流石一流店なだけのことはあると感心してしまうサービスにある。
 一流店というもの、どこか客に対して高慢な態度をとることがある。が、この店「マキシム・ド・パリ フェザーン店」は、それこそさりげなく客の側にたったサービスを心がけており、押しつけがましくなく、だが隅々まで行き届いているそれがまた心地よいのである。
 無論料理の味も最高だ。ゆったりリラックスしてくつろげる時間と、美味な食事と酒…… これぞ、正に最高の贅沢だろう。
「どうした?」
 足と止めたヘネラリーフェにロイエンタールが問い掛けた。
「うん…… ちょっと待ってて」
 ヘネラリーフェは曖昧な返事を残して、ひとり「マキシム・ド・パリ」の入り口の中に消えていく。
 待つこと数分、戻ってきたヘネラリーフェはどこか嬉々とした表情で今度はロイエンタールの腕を引っ張ってもう一度店の中に入ろうとする。
「お、おい?」
「いいから、ちょっと来てってば」
 わけがわかず戸惑い顔のロイエンタールを有無を言わさず内部に引きずって行ったヘネラリーフェは、店のフロントに着いたところで漸くロイエンタールを解放した。
「ね、ロイエンタール、これなんてどう?」
 ヘネラリーフェが指し示した所は、宝石店のガラスのショーケースのような作りになっていて、その中に意匠を凝らしたカードのようなものが何枚か陳列されていた。それをしげしげと見やったロイエンタールは一瞬にしてヘネラリーフェの真意を悟りクスリと忍び笑いを洩らす。
「なるほど、これはいいな」
「でしょ?」
 これなら、一石二鳥いや、三鳥くらいは狙えるかもしれない。
「これにしよう」
「そんなに即決しちゃっていいの?」
 自分が言いだしたことながら、ヘネラリーフェは少し慌てた。というのも、ロイエンタールはヘネラリーフェに対しては無条件に従順になってしまうところがあるのだ。自分の意に沿わなくても「ja」と言っている可能性も高い。
「お前の言うことなら間違いない」
 ほら…… だからそれが危険なんだってば。そう言うと、ロイエンタールは冗談だと笑ってみせた。
「これ以上のものは、見つからないと思う」
 自分自身でそう納得しているなら、そもそもヘネラリーフェに異論はない。店の者に頼んでそれを包んでもらい(ちゃんとリボンもかけてもらった)買い物のノルマはこれで達成と相成ったということで。
 それにしても、苦労したものの決まるときは案外あっさり決まるものなんだな…… 二人はそう囁きながら顔を見合わせて笑い合い、あとはデートの続きとばかりに腕を絡め肩を寄せ合って、陽の傾きかけた夏特有の鮮やかな茜色に染まりつつある街の喧噪の中へと紛れていった。
 

◇◇◇◇◇

 そして八月三〇日……

 元帥府内にある宇宙艦隊司令本部の司令長官執務室に出府したミッターマイヤーは、重厚な樫の木でできたデスクの上に、一通の封書が置かれていることに気付いた。
 古風な封蝋で封をしたその手紙を手にとると、流麗な文字で「我が友へ」とあるのが読みとれる。裏面の差出人の名前はO.V.Rとあった。
「ロイエンタールか……」
 用があるなら直接言いにくればいいのに、また今日は改まってなんの真似だろう?ミッターマイヤーは些か疑問に思いながらも、デスクの引き出しからペーパーナイフを取り出し封を切った。
 中から出てきたのは、意匠を凝らしたカードらしきものが二葉と便せんが一枚。だがそれを読んだ途端、ミッターマイヤーは一瞬呆然としたもののすぐにクスクスと笑いだした。
「まったく、あいつは……」
 やることにソツがないというか、こちらの方が照れてしまうようなことを真顔でやってくれることに些か苦笑を隠しきれない。
 だが、恐らくコレは誰かの、そう多分フロイライン・リーフェの入れ知恵があってこそのものだろう…… ミッターマイヤーはそう考えながら、だか彼女と親友の不器用な想いの込められたそれをありがたく頂戴することにし、それを手にしたままヴィジホンで自宅へと連絡を入れた。
 実はミッターマイヤー本人でさえもスッカリ忘れていた今日という日に、だが親友(と、その彼女)の心遣いのおかげで思いがけず良い想い出が作れそうだなと思いながら。
 その日の夕刻、ミッターマイヤー夫妻の姿が、あの「マキシム・ド・パリ フェザーン店」の中にあった。
 当日予約だというのに、ミッターマイヤー達が案内された席は、他の席とは深い緋色のビロードのカーテンで仕切られた恐らくこの店の最上の席で…… 多分、ロイエンタールが何か言い置いていったのだろうが、それはミッターマイヤーにとっては頗る有り難い気遣いであった。
 と言うのも、ミッターマイヤーはもともと庶民の出で、帝国元帥にまで登りつめたと言っても、あまりに華美であったり豪奢であることに気後れしてしまう部分が確かにあるのだ。
 店内に一歩入った時も、実はあまりのゴージャスな内装と雰囲気に、いっそのことこのまま帰ろうかと一瞬考えたほどであった。が、案内された席が他人からの視線を巧みに遮る工夫がされたものであったため、ようやく落ち着いて料理を堪能する気になったというわけである。
 夫妻は、夢見心地で、だが楽しい一夜を過ごしたのだった。

 最高の料理と、最高の酒と……「マキシム・ド・パリ」の食事券が二人分。それが、今年のロイエンタールからのミッターマイヤーへのバースデープレゼント。
 だが、彼が贈ったものはそれだけではない。最高にくつろげる空間とゆるやかな時間と和やかな会話…… そう、夫婦二人の水入らずの時間、これこそが恐らくミッターマイヤーを最も喜ばす「贈り物」だと考えて。
 
 心尽くしの贈り物に添えられた言葉はただ一言……

我が友へ
幸福な刻を……
O.V.R

Fin

*かいせつ*

キリ番4444番をゲットされた「銀玲」さんからのリクエストとして書かせて戴
いたこのお話は、ミッターマイヤーのお誕生記念作品となっています。
実は銀玲さんからのリクエストは、ミッタ―マイヤー夫妻&ヘネラリーフェが内緒
で誕生会を企画してロイエンタールをおどかす!! というものでした。
ただ、リクエストされた時期的にミッタのお誕生日の方が近いため、とにかくどち
らかのお誕生日を祝って欲しいとも添えられておりまして。で、やはり双方のお誕
生日をそれぞれがそれぞれの性格色豊かにお祝いしてほしいなって思い、まずミッ
タの方のお話ができあがったわけです。
ってことで、つまりこのお話には対になるべき「ロイのお誕生日記念作品」という
ものが、今後存在する予定ということになります(^^;;)
しかぁし!! ミッタのお誕生日記念作品と言いながら、このお話の中でミッタが
登場するのは、なんと最後の36行だけだったりして……(核爆)
あとは、ロイとリーフェのお買い物作戦!! と化しておりまして、し〜か〜も〜
ロイがヤケに素直と言うか可愛いと言うか……とにかく、割とほのぼのな内容に仕
上がっております。ほとんど、ダシに使われてしまっている感のあるミッターマイ
ヤー夫妻及びミッターマイヤーファンの皆様、ごめんなさい(深々)
あ、ちなみに作中の「マキシム・ド・パリ」は、実際フランスは花のパリに本店が
ある世界屈指の三ツ星高級レストランを、そのまんまパクッタものです(爆)
実は、蒼乃の居住地名古屋に支店があるんですよ〜〜 でで、実は去年の結婚記念
日に行ってまいりましたの。
もうもう、内装・雰囲気・お料理の豪華絢爛なことと言ったら!? そして何より
も行き届きすぎるサービスが感動モノなお店でした。
正にこれぞ一流店!! なるほど、一流店はこうしてお客の心をゲットするのねと
妙に納得いたしましたよ(笑)
ロイエンタールってば、きっとこういうお店の常連さんなのね……(*^^*)

2001/8/29 かくてる♪てぃすと 蒼乃拝