互いが互いを想い始めた頃、時代は急流に飲まれようとしていた。
帝国歴490年、宇宙歴799年1月、イゼルローン要塞は、帝国軍に奪還された。
「私が代わるわ」
ヘネラリーフェが声を掛けたのは、ロイエンタールの副官レッケンドルフである。
イゼルローンを攻略した後、このイゼルローンには諸提督達が集結していた。
その諸提督達が、難しい軍議ではなく、くつろいだ様子になったのを見て、レッケンドルフがコーヒーを出そうとしていたのをヘネラリーフェが呼び止めたのだ。
「よろしいのですか?」
捕虜に対しても敬意をはらうレッケンドルフに思わず微笑むと、ヘネラリーフェは、『Ja』と答えて、だが馥郁(ふくいく)と香る入れ立てのコーヒーの乗ったトレイを受け取った彼女は、諸提督達のいる方ではなく、再び給湯室へと戻って行く。
「あの?」
ヘネラリーフェの行動に狼狽えたレッケンドルフが掛けた声は、思わせぶりな微笑の前で霧散した。
「しかし、折角のバレンタインだというのに、男ばかりとは虚しいな」
「ふん、バレンタインなど、馬鹿げたイベントだ」
ビッテンフェルトの言葉にロイエンタールが端正な面に冷笑をたたえながら返す。
「そりゃあ、ロイエンタール提督は良いですよ。毎年凄いという噂ですし」
ミュラーが間に入る。
「なんだ、それは」
それじゃあ、俺はまるで女っ気なしの駄目男だということ か?
ビッテンフェルトが嘯く(うそぶく)。
「いえ、そんな意味では……」
空気が微妙に重くなった所に、ヘネラリーフェが現れた。
「コーヒーをお持ちしました」
声は固く、表情もどことなく暗い。捕虜な上に、つい先日、自分の訳のわからない気持ちの所為で、シェーンコップと一緒に同盟に帰れるというチャンスを逃したのだから仕方がないと言えば仕方がない。
ロイエンタールはもっと複雑だった。
惹かれれば惹かれるほど、ヘネラリーフェを無体に扱ってしまいそうな自分が怖くて、同盟に帰そうとしたのに、彼女の方から残ったのだ。
今はもう、どういう態度で接すればわからない彼だった。
そんな彼の想いをわかっているのかわかっていないのか、ヘネラリーフェは各提督達にコーヒーを配り、そして最後にロイエンタールの元にやってきた。
(おや?」
そう思ったのは、彼のカップだけが諸提督達のコーヒーカップとは違う、マグカップだったからだ。
一口、口をつけて、そしてロイエンタールは微かに端麗な口元を緩ませた。
給湯室で、使い終わったカップを洗っているヘネラリーフェの後ろにロイエンタールが立った。
「何か用ですか?」
後ろを向かずに冷淡に言うヘネラリーフェの華奢な躰を、ロイエンタールが抱き締める。
そして、後ろから彼女の頬にそっと口付けた。
「Danke」
「べ、別に礼を言われるようなことをしたわけじゃないわ」
思わず頬を赤らめたヘネラリーフェが抗議の声を上げる。
「ちょっとした気紛れよ……」
それでも、その気紛れが嬉しいロイエンタールであった。
そう……彼がヘネラリーフェに渡されたカップの中身は、ホットチョコレートだったのである。
バレンタインなんて……なんて言いつつも、結果的にイベントに踊らされているようなロイエンタールであった。
もうすぐバレンタインですね。
というわけで、バレンタインネタです。
今回は、まだリーフェが捕虜で、でもお互いがお互いのことを想い始めた頃というテーマで書いてみました。
諸提督達は、みんな出来た人達でしょうから、捕虜のリーフェを中傷誹謗したりはしないでしょうし。で、彼女にコーヒーを持たせたわけです。
しかし、甘いホットチョコレートを彼は最後まで飲みきったのでしょうかねぇ(笑)
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