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（なんで……）
「なんで、待機中（休暇中とも言う）の将官の元に、こんなに沢山書類が届けられるのよ！！」
膨大な決済待ち書類メールの着信記録を表示したディスプレイの前で、ヘネラリーフェは琥珀色の髪を振り乱しながら叫んだ。
「リーフェ？」
重厚なドアの外に漏れてくる彼女の悲鳴に、さすがのロイエンタールもすぐには声が掛けられず、薄く開けたドアから怖ず怖ずと覗き込んで、それから声を掛けてくる有様だ。
簡単に言えば、つまりヒステリーを起こしているヘネラリーフェに当たられたくないということである。
声に振り返った彼女の目は完全に据わっている。
（マズイ……）
滅多にヒステリーなど起こすことのないヘネラリーフェがヒスを起こしているということは、それだけ追いつめられた状況なのだろう。
ロイエンタールは、身の危険を感じた。
思わず後ずさったロイエンタールの傍を、だがヘネラリーフェは黙って通り過ぎた。
「リーフェ？」
「気晴らしに散歩に行ってくる」
振り返りもしないその言葉に、ロイエンタールは内心でホット溜息を吐いた。
ヒスを起こしているヘネラリーフェが、ロイエンタールに刃傷沙汰を起こすとかそういうわけではない。ただ、彼女は最近機嫌が悪いと、ロイエンタールをおちょくってストレス解消をすることが多々あるのである。
ロイエンタールは、おちょくられても、それと知らずに真面目に反応してしまう為、その反応が楽しくて仕方ないらしい。
まったくもって、１３艦隊の影響受けまくりである。
そんなわけで、今日もそう言う意味での身の危険を感じたわけだが、どうやら今日は無罪放免と相成ったらしい。
しかし、これでは帝国軍統帥本部総長の肩書きが泣きそうである。
「ああ、そうそう、今夜星を一緒に見ようよ」
「は？」
「なんでも、雲がなくて今日は素敵な夜空が見られるらしいのよ」
ヘネラリーフェは軍人でありながら宇宙が好きだ。
あれほど血を流してきた場所なのに、亡きダグラスの影響か星を、そして宇宙を愛する。
「じゃね〜〜」
そう言い残した同盟軍外周艦隊司令官は、散歩へと出掛けて行った。
確かにその日の夜空は素晴らしかった。街中にもかかわらず天の川が見えたのだ。
「これだけ星があると、流れ星の一つや二つ見つかりそうね」
何か願い事を考えておいた方が良いかも・・・
ヘネラリーフェが笑いながら言うのに、ロイエンタールは内心本気で考えていたりした。
（子供に戻りたい……いや、なりたい）
あの辛かった幼少の頃に戻りたいのではない。ヘネラリーフェの傍で子供に戻ってみたいのだ。
その時、眩しい光を放ちながら、流星が目の前を横切っていった。
果たして願いは叶えられたのか……
夜中、ふと目が覚めると、隣に安らかに眠るヘネラリーフェがいる。
それ自体はいつもと変わらぬのだが、ロイエンタールは違和感を感じた。
（リーフェの躰がいつもより大きく感じる……）
だが、その考えは睡魔と共に闇の中へと吸い込まれていった。そして……
「リーフェ……」
何度か揺り動かして、最愛の愛人の目覚めを促す。
漸く目を覚ましたヘネラリーフェは、だが目の前に広がる光景にあんぐりと口を開けたまま固まった。
「ロイエンタール？」
「うん」
間髪を入れずに応えずとも、その他に誰の存在が考えられるというのだ……
「昨夜、何を願ったの？」
流星に子供になりたいとでも願ったのか？
頭がおかしくなりそうなのをなんとか落ち着かせ、ヘネラリーフェがロイエンタールにゆっくりと訪ねる。何故なら、どうやら彼は見掛けだけが小さくなったわけではなく、精神状態もほぼ子供に近いと思ったからであった。
「子供になりたいって……」
「そうしたら、朝こうなっていたの？」
「うん」
どうやら、本当に星への願いが叶ってしまったらしい。
だが、同時にロイエンタールがいじらしく感じられるのも事実だ。
どんな気持ちで願いを唱えたのか……
ヘネラリーフェは今は未決済の書類の山に囲まれる身で連日悲鳴を上げる日々だが、この際、仕事と子育て（笑）を両立してやろうと堅く誓った。
ロイエンタールに与えられなかった暖かな子供時代を、今与えるのも決して悪いことでないと思ったからだ。
「そうと決まったら、まず着替えからね」
執事に事の次第を説明し、ロイエンタールの子供の頃の服を出してもらう。
そして食事。（動揺しない執事も凄い人だ）
ヘネラリーフェと子供化したロイエンタールの食事は、まるで歳の離れた姉弟のようだった。
午後、未決済の書類を気にしつつも、ヘネラリーフェはとことんロイエンタールに付き合うつもりで、ベッドの上に二人で転がりながら、彼に童話を聞かせていた。
「昔々あるところに……」
この言葉で始まる言葉に、幼いロイエンタールの金銀妖瞳は未知を世界を覗いたと思うほどキラキラと輝く。
（こんなことも彼には経験がないのか）
一方ヘネラリーフェは、ロイエンタールに何をしてやっても彼が喜ぶ姿に複雑な思いを抱いた。
（これほどに親の愛情に薄い子供だったとは……）
ヘネラリーフェは小さなロイエンタールを膝の上に載せると、黒に近いダークブラウンの髪に頬擦りをした。
たったそれだけの行為が、だがロイエンタールを幸福に誘う。
「リーフェは良い匂いがするね」
「そう？」
今日は特にトワレなど付けていないから、薫るとしたらボディーソープかシャンプーの類だろうが、それならロイエンタールも同じ香りがする筈である。
「オスカーと同じ香りよ」
「本当に？」
「ええ」
「わ〜い、おそろいなんだね」
そんな些細な答えさえロイエンタールを喜ばせる。あまりの健気さにヘネラリーフェの目頭が熱くなった。
その後暫くそのまま膝の上で童話を読み聞かせ、そしてヘネラリーフェにしては少々子供っぽいが二人で枕投げをし、そして気付けば、ロイエンタールはスヤスヤと夢の園への旅立っていた。
ヘネラリーフェは、彼の小さな躰をそっとベッドの上に横たえてやり、上掛けを掛けると、仕事に戻るべく寝室を後にした。
ふと目が覚めると、辺りは茜色に彩られていた。
今のロイエンタールには大きすぎるベッドから飛び降りて窓に近寄ると、夕日が美しい。
そういえばヘネラリーフェはどうしたのだろうと思い、そっと隣の部屋への扉を開くと、彼女は厳しい顔をしてパソコンのディスプレイに向かっていた。
仕事をしているリーフェを見るのは初めてではない。だが、この子供の姿で見るのは初めてであった。
いつもと違う、厳しい大人の顔。
自分が子供になってしまったせいか、近寄りがたく思える。
昼寝からさめたロイエンタールは、声を掛けられずディスプレイに向かうヘネラリーフェの横顔を隣の部屋からそっと見ていることしかできなかった。
その時、不意に厳しい気配が薄れ、青緑色の双眸がロイエンタールの方を見る。
「なんだ、起きたのか？」
口調は軍人のそれ……それでも、甘くて優しい魅惑的なアルトの声に誘われるようにロイエンタールは頷くと、怖ず怖ずとヘネラリーフェへと近付いた。
途端に、彼の身体はヘネラリーフェの膝の上に抱きかかえられる。
「すまんな、仕事が溜まっていて暫く相手をしてやれそうにないから、これで勘弁してくれ」
『これ』とは、すなわち彼女の膝の上に彼を載せること。だが、今のロイエンタールには、何にも増して幸せな瞬間であった。
ヘネラリーフェの優美な指がパソコンのキーボードの上を踊るように滑る度に彼女の柔らかな琥珀色の髪と髪の香りがロイエンタールの頬と鼻孔を擽る。
「そうだ、今夜も星が綺麗に見えるらしいから、夕食後一緒に見ましょう」
「うん」
こっくり頷くと、ロイエンタールはヘネラリーフェの躰に自らの身体を委ねる。
特にこれといって何もない、だが幸せな夕暮れだった。
「ほら、今夜も星が綺麗よ」
「ほんとだ」
その時、ヘネラリーフェの腕に抱かれた彼の目の端を微かな光が過ぎっていく。
（ありがとう、もう十分だ）
ロイエンタールはそっと心の中で囁き、そして二人は眠りについた。
翌朝、ロイエンタールは元の統帥元帥たる凛々しい男に戻り、そしてヘネラリーフェは少し残念な気持ちを味わったのであった。
（もう少し、甘やかせてあげたかったな）
今日あたり、秋の気配を感じるほど朝涼しかったですね、
これから星が綺麗に見える季節です。
だからというわけではないのですが、こんなお話を書いてみました。
今度はロイが子供化です。
もっと我が儘を言わせたり、悪戯をさせたりしたかったです。
いつか、書いてやろう（笑）
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