花火



 ヘネラリーフェに届けられたその訃報は突然だった。
 訃報というのは、無論いつだって突然くるものである。
 だが、その訃報だけは、まさかと思うようなものだった。

***

 出張でフェザーンへ来ていたヘネラリーフェが明日にはシャーテンブルクに戻るというその日、フェザーンのロイエンタールの屋敷の自室でパソコンを使っていたヘネラリーフェの背後にロイエンタールが「ただいま」と立ったその瞬間、振り向いたヘネラリーフェの白皙の頬は涙で濡れていた。
「リーフェ……?}
「ウラ君が……ウラ君が死んじゃったって……」
 後は言葉にならず、ヘネラリーフェはロイエンタールに抱きついて泣きじゃくり始めた。
 ウラ君……本名ウルフィラ=リッチモンド大佐は、ヘネラリーフェの同僚である。
 死亡の原因は蜘蛛膜下出血。
 倒れた時には既に心肺停止だったのを、なんとか息を吹きかえさせた。
 だが、一週間でウルフィラ=リッチモンドは逝ってしまった。
 急変もなにもない、本当に静かに眠るように逝ったという。
 葬儀には、司令官としての職務をヤンに頼み込んで他人に変わってもらい参列した。
 誰もが泣いた。
 ヘネラリーフェも、同僚達と抱き合って泣いた。
 泣いて泣いて……若く逝ってしまった同僚の死に顔を見せてもらう。
 手を握ると冷たかったが、それでも彼の顔は眠るように穏やかだった。
 およそ、簡単に逝ってしまうような男ではなかった。
 男気に溢れ、そして明るくパワフルで……誰もが認めたくない現実がそこにあった。
 戦争が終わり、これからという時に、まさか病死で同僚が逝ってしまうなど、誰もが認めたくない現実だったのだ。

***

 ウルフィラ=リッチモンドの葬儀から一月半。
 ロイエンタールとヘネラリーフェは海に面したテーマパークで行われる花火の会場にいた。
 会場は凄い人出で、手を繋いでいないとはぐれてしまいそうな案配である。
 それを良いことに、二人は堂々と手を繋いで、巷の恋人達と同じようにラブラブのカップルという体で花火会場に向かっていた。
 ヘネラリーフェはどこでも見られれば良いと思っていたのだが、ロイエンタールは会場に近いホテルの特設会場の切符をいつのまにか手に入れており、人混みさえ抜けてしまえば、後は最高のロケーションで花火鑑賞ができるようになっていた。
「相変わらず手回しが良いのね」
 くすくす笑いながら言うヘネラリーフェにロイエンタールは苦笑しただけで、だが内心ホッしていた。
 友人の死から、このところずっと元気がなかったヘネラリーフェが久々に作り顔でなく笑っていたからである。
 やがて辺りが暗くなると、夜空を彩る華々しい花火が打ち上げられ始めた。
 夏の間には、至る所でこういった花火大会が開かれるが、今夜のこの花火大会もそこそこ大きなイベントで、人の数も半端ではない。
 ヘネラリーフェが最初言ったように「どこでも見られれば良い」などという言葉を鵜呑みにしていれば、花火どころか会場にもたどり着けない有様だったことだろう。
 約二時間、華やかな夜空のページェントを楽しむと、二人は席を立ち帰途についた。
 ホテルの屋上から降りる階段でヘネラリーフェが足を滑らせたのは、その後すぐだった。
「あっ……痛ッ」
「リーフェ!?」
 慌ててロイエンタールが助け起こしたが、ヘネラリーフェは尻餅を就いたまま立てないでいる。
「大丈夫か?」
「うん……なんか捻っちゃったみたい」
 ヘネラリーフェの足の甲が見る間に紫色になっていくのを見ると、かなり酷く捻ったとしか思えない。
「とにかく医者に診せよう」
「え〜〜大袈裟だよ〜」
 単なる捻挫なんだから、医者に診せたところで湿布をもらうくらいだろう。
 これがヘネラリーフェの意見だったが、自力で歩くどころか立つこともできない彼女の意見はロイエンタールに冷たく却下された。
 がが、なにせ大きなイベントの所為で交通規制が敷かれている。
 つまり、会場周辺では車が拾えないのだ。
 ロイエンタールはヘネラリーフェをお子ちゃまのように立て抱きにすると(無論ヘネラリーフェは、そんな恥ずかしいことはやめて〜と反論したが)人の波にそって歩き始めた。
 立て抱きに抱いたことで、ロイエンタールの耳元にヘネラリーフェの甘い吐息が感じられる。
 その時、ヘネラリーフェがポツリと呟いた。
「私、花火のような人生がいいな」
 パッと咲いて、そしてパッと散る。
「ウラ君の死に様を見てて、そう思ったの」
 苦しまず、ある朝起きてこないなと思って覗いたら既に逝っていた……
「そういう死に様がいいな」
「馬鹿野郎……」
 少しムキになったロイエンタールの叱咤に、ヘネラリーフェがロイエンタールの顔を覗き込む。
「じゃあ、残された俺はどうなる?」
「そうね……そうよね」
 残される苦しみはヘネラリーフェ自身が体験していることだった。
「でも、オスカーも私より先に逝ったら嫌だわ」
 残されるのは、もう嫌だから。
 ロイエンタールの耳元にそう囁くと、ヘネラリーフェは彼の身体を抱き締め、嗚咽を漏らし始めた。
「リーフェ……」
 ここまで、あのウルフィラ=リッチモンドという友人の死がショックだったとはロイエンタールは考えもしていなかった。
 これまでの戦闘でヘネラリーフェもロイエンタールも沢山の友人知人を亡くしてきた。
 ある意味、死というものに鈍感になっていたように思う。
 その鈍感になり、乾きかけていた心に、ウルフィラ=リッチモンドは一番哀しいやりかたで潤いを与えてくれたのだろうか。
「泣くなよ」
「ごめん……でも、止まらなくなっちゃった」
 ただでさえ美男美女で目立つ二人のそんな姿は、だが誰の目にも奇異には映らなかった。
 人混みに感謝したい……そんな一夜の出来事である。
 ちなみに、ヘネラリーフェの足は捻挫ではなく、小指と踵の間の骨の骨折であり、数日間は確実に松葉杖に閉口し、筋肉痛にまでなったらしい。

***

あの葬儀からそろそろ二ヶ月……今も思う。
『ウラ君、元気をありがとう。忘れないよ、生涯』
ヘネラリーフェは同僚全員で映った写真を見ながら心の中でそう呟いた。


Fin

*かいせつ*

説明するまでもないでしょうが、7月初めに逝ってしまった友人の通夜の場面を使わせていただきました。
作中手に触れたと書きましたが、実際にはお顔を見せて貰いましたが、手には触れていません。棺の蓋が閉められていて、お顔しか見られなかったので。
彼が逝ってしまったことへのショックがどうも未だに引いてくれなく、それに彼のことを忘れたくなくて、こんなお話を書いてしまいました。
まったくの私情のお話で申し訳ありません。
だって、リーフェが足を折ったのも私と同じですもんね〜〜
転んでもただでは起きない同人屋とでも思っておいて下さいませ。

2004/08/18 かくてる♪ていすと 蒼乃拝