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　ロイエンタールと待ち合わせる場所は、いつも屋敷と元帥府の丁度中間点にある公園と決まっている。
　噴水の脇に建っているアンティークなデザインの外灯の下に息を弾ませながら到着すると、ヘネラリーフェはひとまず約束の時間に遅れなかったことに安堵し、ホッと溜息を吐く。
　問題は、毎度のことながらロイエンタールが遅刻するか、珍しく時間通りやってくるかどちらかだった。
　昨夜は徹夜で仕事だから、今日は早く退庁出来るはずだとロイエンタールは言っていたが、未だ彼の現れる気配はない。
　現在時刻午後５時。冬の日暮れは早いので、辺りには既に夕闇が迫りつつあり、噴水横のヘネラリーフェは冷たく吹き付けてくる風に頸を竦めた。
　背中をゾクゾクとした悪寒が駆け上って来る。
「ヤバイなぁ〜」
　恐らく熱が上がっているのだろう。これではデートどころの騒ぎではなくなりそうだ。
「う〜〜　ロイエンタール、早く来て〜〜」
　ただでさえ寒いのが苦手なのに、この寒風は身に堪える。
　不意に目の前をフワフワと白いものが落ちてきた。見上げると、夕暮れの空から雪が舞い降りてくるのが見える。一瞬、寒さを忘れて見惚れた。
　次の瞬間、フワリと背中から暖かくなり、そして全身が温もりに包まれる。
「ロイ」
「待ったか？」
　仰け反るようにして後ろを見上げたヘネラリーフェの青緑色の瞳に、金銀妖緑の瞳が優しく微笑みかけてくる。
「うん、少し……」
　そう……ほんの少し待っただけ。いつも数時間待たされることを思えばなんてことはない。
　だが、ヘネラリーフェは嬉しそうに答えた後、そのままズルズルとロイエンタールの腕の中で崩れ落ちた。
「リーフェっ！？」
「寒い……」
　ポツリと呟くと、ヘネラリーフェは目を閉じた。

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（寒い……寒いよ、ファーター）
　小さな頃、こんな寒い夜にはヘネラリーフェを実父レオンが腕に抱いて、よく一緒に眠ってくれた。その頃の想い出が蘇る。
「ファーター……」
　温もりの中でポツリと呟いた自らのその声にヘネラリーフェの意識が浮上し、彼女はゆっくりと瞳を開いた。
　ボンヤリとした視界に最初に飛び込んで来たのは、青緑色の双眸を心配そうに覗き込むロイエンタールの二色の瞳。
「ロイ……」
　呟いた声は、掠れて声にならなかった。
「気が付いたか？」
　急に倒れたからびっくりしたぞ……
　そういうロイエンタールと自分の状況を改めて見やると、ヘネラリーフェは全裸で、同じく素肌を晒したロイエンタールにしっかりと抱き締められていた。
　恐らく『寒い』とうわごとで何度も呟くヘネラリーフェを、彼が暖めてくれていたのだろう。思わず白皙の頬が、ほんのり桜色に染まった。
「調子が悪いなら悪いと、何故連絡してこない？」
「ごめんなさい……久しぶりのデートだったから」
　漸く落ち着いて辺りを見渡すことが出来るようになったヘネラリーフェは、少々尖った声で言うロイエンタールに謝りながらも、ここが彼の隠れ家である海辺のマンションであることに気付いた。
　ロイエンタールの温もりが心地よくて嬉しくて、ヘネラリーフェを叱る彼の裸の胸に彼女は愛しげに頬を擦り寄せる。
「とりあえず、インフルエンザではなくて、ただの風邪だそうだ」
　熱は４０度近くあるものの、注射もうって貰ったし、薬も貰ったので、じきに良くなるだろう。
　ロイエンタールはそう言うと、ガウンを纏っただけでベッドから出て、クローゼットからヘネラリーフェの夜着を出して介添えをしてやりながら着替えさせた。
「今、暖かいものを持ってきてやるから」
　着替えが終わると、ロイエンタールはそう言い残して部屋を出て行こうとする。急にひとりで放り出されたようで、ヘネラリーフェは咄嗟に彼の纏うガウンの端を掴んだ。
「どうした？」
「あ……ううん……」
　本当はもっと抱き締めていて欲しい……とは、気恥ずかしくて言えない。ヘネラリーフェは、慌てて掴んだガウンを離した。
「なんだ、もっと抱いていて欲しいのか？」
　ヘネラリーフェの顔色から彼女の気持ちなどお見通しだとでも言いたげな表情で、ロイエンタールが彼女の琥珀色の柔らかな髪を優美な指でクシャリと掻き乱す。
　いつものヘネラリーフェなら意地を張って『違う！』と言う所なのだろうが、今日の彼女はロイエンタールの手の感触にただ身を任せるのみだ。
「そんな不安そうな顔をするな」
　何処にも行きはしないから……
　ヘネラリーフェの額に軽く口付けると、ロイエンタールは『すぐ戻るから』と言い置いて寝室を出て行った。

＊＊＊

　寝室を出たロイエンタールは、ドアに凭れながらホッとしたように深く溜息を吐いた。
　公園で急に倒れられ、このマンションに運び込んで医者に診て貰うまで、生きた心地がしなかったのだ。
　これは別に彼が過保護なわけではない。
　ヘネラリーフェには『再生不良性貧血』という大病の経験があり、この時代だからこそ平常に生活しているが、２１世紀頃なら例え治癒しても一生『免疫抑制剤』の世話にならなければならなかっただろう病である。当時なら、たかが風邪といえども油断はできない。
　故にさすがのロイエンタールも、医者に『ただの風邪だ』と診断されるまで、もしや再発したのでは？……という不安に苛まされていたのだ。
　尤も、ただの風邪と診断されたといっても、やはり過去の病歴が病歴なだけに、安堵ばかりもしていられないのが本音でもある。
　だが心配ばかりしていても始まらない。
　ロイエンタールは頭を切り換えると、とりあえずヘネラリーフェに何か暖かいものでも飲ませようとキッチンに立った。
　とはいえ、美味しいコーヒーを入れることには自信のある彼だが、体調を崩している人間にコーヒーはどうかと思う。
　色々悩んだ末に、彼はココアを作ることにした。
　実はこのマンションにヘネラリーフェを運び込んだ直後、ロイエンタールは唯一この場所を知るミッターマイヤーに連絡し、色々と差し入れて貰ったのだ。
　その中に、ミッタマイヤーの愛妻からの義理チョコが入っていた。
　それが生チョコレートだったことを思い出したロイエンタールは、ミルクを温め、その中に生チョコレートを数個入れ溶かし、それをヘネラリーフェの待つ寝室へと運んだのである。
「ひとまず、これを飲んで暖まれ」
　本来なら何か食べさせて、その後に薬を呑ませなければならないのだが、生憎ロイエンタールに料理は出来ない。かといって、胃に何も入れさせないのも拙いだろう。
　この際ココアでも、何も口にしないよりはマシである。
　ヘネラリーフェは喉が痛いらしく、幾分躊躇しながらカップを受け取ったが、暖かく甘く香るココアに誘惑されたと見え、ゆっくりと飲み始めた。
「美味しい……」
　ホッとしたように呟いた後、ヘネラリーフェは急に謝りだした。
「ごめんね……折角のバレンタインデーだったのに……」
　具合が悪くて寝坊した挙げ句に、ロイエンタールへのプレゼントも用意していない。
「本当は早めに家を出て、プレゼントを買うつもりだったの」
　ロイエンタールは甘いものが苦手だから、いつも何をプレゼントするのか決めるのは大変だ。でも、それは逆に楽しい作業でもある。
「ごめんね……チョコレートくらい買っておけば良かったね」
　心底悔やまれる……という表情をしたヘネラリーフェが愛しくて、ロイエンタールはベッドの上に身を起こしている彼女の横に腰を降ろすと、そっと肩を抱き寄せた。
「そんなに悔やむことはない」
　チョコレートなら、これから頂戴する……
　彼女の耳にそう囁きかけると、ロイエンタールはキョトンとするヘネラリーフェの顎に指を掛けて上向かせ、端麗な口唇を彼女の可憐な薄紅色のそれに重ねた。
「ん……」
　甘い吐息を逃さんとばかりに、ロイエンタールの冷たい舌がヘネラリーフェの口中に入り込み、いつも以上に甘やかな舌を捕らえ、絡め、吸い、貪る。
「今日のお前は、チョコレートの味がする……」
「ロイ……」
　口唇が離れると、息を弾ませたヘネラリーフェが、潤んだ青緑色の瞳で縋り付くように二色の双眸を見つめてきた。
「まだ寒いの……」
　もっともっと、強く抱き締めて、暖めて欲しい……
「お姫様のお望み通りに……」
　ロイエンタールは微笑みながらそう言うと、ガウンを脱ぎ捨てヘネラリーフェの熱い躰を強く抱き締めながら、ベッドへと倒れ込んだのだった。

Fin

＊かいせつ＊

バレンタインネタです。自分では甘甘ネタのつもりですが、読者様にとっては、いかがだったでしょうか？
今年はヘネラリーフェに風邪を引いてもらいました。
でも、インフルエンザでなかったのは、彼女に耐性がありそうだと思ったから（笑）
ロイエンタールは、おぼっちゃまな上に宇宙暮らしが長いので地上の病原菌には弱そうな気がするんですよね（笑）
そうそう、前に某サイト管理人様とお話していたことがあるのですが、銀英の時代って、即死さえ免れれば助かる云々って記載してあるじゃないですか。でもその割に、皇室関係者とかの病死が多いですよね。
それで、私と某管理人様は考えたのです。
もしかすると、高貴な方の身体に針を刺すだのメスを入れるだのの行為は、言語道断だったのではないか！？と……
そうなると、もしヘネラリーフェが帝国育ちだったら、彼女も皇室関係者なので、成人迎えられなかったかも？（爆）
ロイエンタールには、これからゆっくりと耐性を作っていただきましょう（^^;;

2004/01/29　かくてる♪ていすと　蒼乃拝