聖夜



 その年のクリスマス、ヘネラリーフェは一緒にハイネセンに滞在しているロイエンタール(無論滞在先はビュコック家である)の姿が見えないことを気にしながらも、家を出た。
 車で数十分……小高い丘の上には、戦死者の墓地がある。
 ヘネラリーフェは近隣で花とシャンパンを買うと、ゆっくりと墓地の内側へと入っていった。
 そろそろ陽が傾きかける冬の夕暮れは、寒さも寂しさも一層身に染みる。故にか、ざっと見渡したそこに人影を見いだすことはできなかった。
 ゆっくりと歩いて行くと、目的の墓標の前に黒のロングコート姿の長身の男の姿を認め、ヘネラリーフェは一瞬足を止めた。
「ロイエンタール!?」
 ヘネラリーフェの声に男がゆっくりと振り向く。
「どうして、ここに?」
 ヘネラリーフェの言葉に、ロイエンタールは端麗な口元に苦笑めいた笑みを浮かべた。
「考えてみたら、何度もハイネセンに来ているのに、ここに来たことがなかったことに気付いてな」
 自分が殺した男の墓標を訪ねることを、ずっと躊躇っていたのだ。
「どうして今日になって来る気になったの?」
 今更何故? と、言われているような気がして、ロイエンタールは再び苦笑した。
「さりとて理由があるわけではない……という答えでは駄目か?」
 ロイエンタールの言葉に、今度はヘネラリーフェが可憐な口唇に苦笑を浮かべる。
「お前は何故?」
 ロイエンタールの問いへのヘネラリーフェの答えは、大いに頷けもするが、だが少々突拍子のないものであった。
「今日はダグの誕生日なの」
 言いながら、ヘネラリーフェは四つの花束を墓前に供えた。
「同じ花束が四つ? 何か意味があるのか?」
 ロイエンタールが疑問に思うのも道理。同じ種類の花の束が四つというのは、幾分おかしい。
「ああ、これはね……」
 ダグラスは陽気な人柄で、湿っぽいことが嫌いだった。
「命日にここに来ても、彼は喜んでくれるような人ではないのよ」
 それに、どのみち、この墓の中はカラなのだ。
「だったら、彼の喜ぶ日に来た方が良いでしょ」
「今日がその日なのか?」
「今日は、ダグの誕生日なの」
 いつもは、ダグラスの士官学校や学生時代の友人、軍での後輩や先輩などの友人が集まり、墓地には相応しくないものの、墓前で大宴会を催したものである。
「今年は、ビュコックの義父さんは仕事だし、アッテンボロー先輩他の軍関係の友人はみんなシャーテンブルクに行っていて不在だし、それにお義母さんは……」
 義母であるビュコック婦人は、まだ一度もこの地を訪れたことがない。
「まだ吹っ切れていないのだな……」
 ロイエンタールの胸が痛む。自分はビュコック婦人にとって息子の敵にあたるのだ。にもかかわらず、彼女は彼を本当の息子のように扱ってくれる。
 どれほどの葛藤と慟哭をその胸の内に秘めているのだろうか……
「ロイエンタール、お義母さんがここに来ないのは、貴方という息子が出来たからよ。勝手に落ち込まないでね」
 彼の心中を思い、やんわりと釘を刺すヘネラリーフェに、ロイエンタールは頭が下がる想いだった。
「でね、この四つの花束のうち三つは代理で持ってきたにすぎないの」
 ひとつは義父ビュコックの分、ひとつは義母の分、ひとつはダグラスの親友だったアッテンボローの分、そしていま一つはヘネラリーフェの分。
「ダグが星が好きだったって話は前にしたわよね」
 だから彼は、星を想わせる『ブルースター』という青い花が好きだった。
「でも、ナイスタイミングだわ」
 ヘネラリーフェがシャンパンの栓を抜きながら言う。
「今日は私ひとりしかいないから、お酒はダグにだけ呑んでもらうつもりだったけど、最高に適任な呑み友達がいてくれて、きっとダグも喜んでいるわ」
 そう言うと、ヘネラリーフェは栓を開けたシャンペンをダグの墓標に半分程掛け、その後でその瓶をロイエンタールに渡した。
「生憎、グラスなんて洒落たものは今日は持ってきていないの」
 つまり、瓶から直接呑めと言いたいらしい。 
「俺がご相伴にあずかって良いのかな……」
 ロイエンタールの複雑そうな呟きを一笑に伏したヘネラリーフェを見て、彼女に言われるままに、瓶の口から直接酒も半分残った中身の更に半分を呑み、瓶をヘネラリーフェに渡した。
 無論、これをヘネラリーフェは一気に呑んでいるが、1/4本の酒では些か物足りなさそうに見えるのは、致し方ないだろう(笑)

***

「それにしても、あの雄々しい男が、こんな小さな花が好きだったとはな……」
「みんなそう言うわ」
 でも、在りし日のダグラスは、花束をプレゼントするのも、されるのも好きだった。
「貴方は? 貴方にも花束をプレゼントしたい人くらい、いるでしょう?」
 ちなみに、ヘネラリーフェは除いてのことである。
「ないな」
 間髪を入れない答えに、ヘネラリーフェは溜息を吐いた。
「でも、毎回デートの度にお相手の女性に花束を贈ったり、ミッターマイヤー家に行く時は必ず花束を持って行くって聞いたことがあるんだけど」
 クスクス笑いながら言うヘネラリーフェに、ロイエンタールが突っ慳貪に答える。
「別に好きで贈っていたわけじゃない」
 花が一番無難だと思っていたからだ。
「何? じゃあ、貴方には花を贈りたいと思う人がいないってこと?」
 しつこいようだが、無論この場合ヘネラリーフェの存在は抜きである。
「ない」
「・・・・・」
 ふぅっと溜息を吐くと、ヘネラリーフェはダグラスの墓に向かって『ゴメン、三つ残るから、一つもらっていくわね』と断りを入れ、ブルースターの花束を一束手に取った。
「ちょっと歩かない?」
「ああ」
 ヘネラリーフェの言葉に異論などあろうはずもなく、ロイエンタールは素直に頷き、彼女と並んで歩き出した。
 墓地を出て、坂を少し下ると公園らしきものがある。
 とりたてて何かあるというわけでもないのだが、眺望は最高なその公園にヘネラリーフェは入っていった。
「どう、良い景色でしょ♪」
「・・・・・」
 ロイエンタールは無言だったが、彼が眺望に見取れていることは一目瞭然だった。
 眼下には港が見え、その向こうに夕日を浴びて茜色に染まる大海原が広がっている。
「墓地の近くにこんな公園を作る人って、どういう思考しているんだろうって昔は思っていたんだけど……」
 でも、思い出を優しく感じる今では、その人の思考がなんとなく理解できると思えるようになっていた。
「そうそう、はいこれ」
 ヘネラリーフェが、ダグラスの墓から持ってきたブルースターの花束をロイエンタールに渡す。
「貴方にも花束を贈りたいと心底思える人がいるはずよ」
 だから、よく考えてみて……
 そう言うヘネラリーフェから花束を手渡されたその瞬間、空からフワフワと白い妖精が舞い始めた。
「わぁ、雪よ♪」
 ホワイトクリスマスなんて素敵……と、無邪気にはしゃぐヘネラリーフェに、ロイエンタールは花束を差し出した。
「???」
「お前に……」
「私の存在は除かなきゃ駄目よ」
「いや、お前だからこそ、この花を贈りたい」
 数瞬の沈黙の後、ヘネラリーフェはロイエンタールに抱き付いた。
 見計らったわけではないだろうが、キリスト生誕を祝う鐘が街に、そして公園に響き渡る。。
 それは、抱き合う二人をまるで祝福しているようにも思えて……
(神よ……)
 神よ、感謝します。彼女を与えてくれたことに……
 今日という日を与えてくれたことに……
 夕日が染める港と大海原の見える小高い公園で、小雪の舞う中、二人はいつまでも抱き合っていた。

Fin

*かいせつ*

年が明けたというのに、新春一発目の創作が何故に今更クリスマスネタ?と、思われた方も多いでしょう(^^;;
でもこのネタ、実は冬コミで上京した際、同人友達と横浜を散策中に頭の中で固まったネタなので、仕方なかったんです〜〜
というか、今年のクリスマスまでには間がありすぎるので、今書いておかないと、絶対にボツネタにしちゃいそうで(__;)
というわけで、舞台は横浜の『外人墓地』と『港の見える丘公園』ですので、ご存じの方は、あの風景を想像してお読み下さいませ(笑)
あ、ダグラスの誕生日をクリスマスにしていますが、変わることもあるかも(爆)
同人の醍醐味は『なかったこと』にできること・・・(核)

2004/01/09 かくてる♪ていすと 蒼乃拝