Jealousy



「あのね、別にあんたを捕らえて三味線にしようってわけじゃないのよ」
「フギャ〜〜(牙剥き)」
「あんたの餌を取る気もないし……」
「フーーー(毛、逆立て)」
「私は、この家に用があるだけでね……」
「ミャッ(ツンケン)」
 いつからロイエンタール家では、番犬ならぬ番猫を飼うことになったのやら……
 
ヘネラリーフェは猫の態度に呆れつつも困り果てて溜息を吐いた。
 無論、豪奢な門には呼び鈴が付いている。それを押せば良いのだが、そもそも、二人(?)が睨み合っている場所が門から数メートル離れた場所で、ヘネラリーフェが動けば猫も牽制をかけるように動き、まったく身動きならない有様なのである。
(なんで私が猫ごときにしてやられなくちゃならないわけ!?)
 という理不尽な想いより、『この子猫、侮りがたし……』なので、ある。
 とにもかくにも、秋の気配が漂う夕暮れ時、人間と猫の睨み合いは、30分近く続いた。


「ふう」
 座り心地の良いアンティークの布張りのソファに半ば沈み込むように腰掛けながら暖かく薫り高い紅茶を一口飲んだ所で、漸くひとごこちついたかのようにヘネラリーフェは安堵の溜息を吐いた。
「まったく、一時はどうなることかと思ったわ」
 いつのまに、動物愛護家になったのやら……
 嫌味っぽい口振りでそう呟くと、ツイっとロイエンタールを見やる。ヘネラリーフェの意味ありげな色を湛えた青緑色の瞳に凝視されたロイエンタールは、バツの悪そうな表情を見せながら、彼女から目を逸らした。
 フェザーンのロイエンタールの私邸の広大な庭は屋敷の裏側に広がっている為、玄関前は噴水と車寄せのみで占められており、庭木などがないのでかなり見通しは良い。が、やはりそこはロイエンタール邸……玄関から門までの距離はかなりある。
 そんなわけで、結局ヘネラリーフェと子猫の睨み合いに気付く者がいないまま30分が過ぎた頃、さすがのヘネラリーフェも今回はロイエンタールに逢うことは諦めようと考えた。
 そもそも、フェザーンへは皇帝ラインハルトへの所用の為に立ち寄っただけで、あくまでも公用なのである。
 宇宙港では艦隊旗艦シリウスがヘネラリーフェの帰艦を今や遅しと待ち構えている状態だったので、本来ならロイエンタール邸へも寄らずにそのまま出立する予定であった。
 のだが、ラインハルトがシャーテンブルクと総旗艦シリウスへは自分が話を通すから、せめてロイエタールには顔を見せてやるが良い……と、引き留められたのだ。
 が、来てみれば子猫が邪魔をして、中に入れてくれない。
 やはり、今回は任務を最優先にしろということなのだと諦めて宇宙港へ引き返そうと踵を返しかけたところで、子猫を探しに出てきた執事が彼女の姿に気付き、慌てて奥にいるロイエンタールを呼びに行き、そして現在に至るという訳である。
 子猫は、ロイエンタールが一声掛けた途端に、大人しく彼の腕の中へと飛び込んだ。が、そこでヘネラリーフェが固まったことは言うまでもない。
「あのね……ど〜して、その子猫と私が同じ名前なのかしらね」
 いや、わざわざ聞かなくてもわかる。
 毛色は琥珀色、人なつっこく見える(もっとも、ヘネラリーフェには剣呑な眼差ししか送ってこないが)瞳は青緑色……ロイエンタールの頭の中には、たったひとつの単語しか浮かばなかっただろうことが簡単に予測出来る子猫の外見だ。
 寂しかったのね……と、言ってしまえばそれまでだが、それにしても子猫のヘネラリーフェへの態度は、正しく女の悋気、すなわち『嫉妬』であった。
「お前の考えすぎだ。猫がそんな気持ちを持つものか」
 ロイエンタールはヘネラリーフェの言葉を一笑に伏したが、だが果たしてその夜、子猫の存在に折角の僅かな逢瀬が邪魔される事態になろうとは、彼自身考えもしなかったに違いない。

***

「リーフェ……」
 ひとつベッドの中でロイエンタールが熱く囁き、隣に横たわる華奢な肢体を抱き寄せようと腕を伸ばした。が……
「ミャア」
 久々に官能の渦に巻き込まれるべく抱き合おうとした恋人同士をまるで引き裂くように、二人の間から無邪気な鳴き声を上げながらモゾモゾと子猫のリーフェが顔を出す。
 どうやら、ロイエンタールに呼ばれたのが自分だと思ったらしい。
 実物ヘネラリーフェは、当然渋い顔だ。
「もう……同じ名前なんて付けるから」
 それだけロイエンタールに懐いているという点にも、少々理不尽な気持ちが湧き出す。
 ロイエンタールの方は、二人の間を引き裂くように現れた子猫のリーフェを叱っているが、これがどうも本気ではない。
 ロイエンタールらしからぬ優しい声音で、あやすように叱っているのだ。
「こら、リーフェ!! 駄目だろ、お前の寝床はあっちだ」
 豪奢なキングサイズの天蓋付きベッドの脇にある籠を指さしてロイエンタールが子猫のリーフェをそちらに追い立てようとするが、『彼女』の方は何処吹く風で、ロイエンタールにしがみついて離れようとしない。
 そんな子猫に対して『しょうがないな』と苦笑して見せるロイエンタールの端麗な口元を見ているうちに、ヘネラリーフェの内心に湧き上がった理不尽だと思う気持ちが益々増していく。
(可愛がる気持ちはわかるけど……)
 ロイエンタールが、小動物を可愛がるようになるとは思いもしなかっただけに、そういう人間らしい柔らかな心を持てるようになったことは嬉しい。
 ヘネラリーフェ自身の決意で、同盟軍中将として復職して彼の元から離れてしまったが為に、彼を再び孤独にしてしまったという罪悪感を抱く彼女にとって、例え猫でも彼の慰めになってくれているのなら、いっそ子猫のリーフェに感謝したいくらいだ。
 が、それとは逆に、なにやら胸のあたりがムカムカするのは何故だろう?
 この時点で、ヘネラリーフェは自分で自分の気持ちに気付いていなかった。いや、気付かないようにしていた。
 いくらなんでも、猫に『嫉妬』していることを認めるなど、自尊心が許さなかったのだ。無論、無意識下ではあるが。
「こら、やめろ、くすぐったい」
 子猫リーフェは、相変わらずロイエンタールにジャレつき、まるでヘネラリーフェに見せ付けるかのように、ロイエンタールの口唇を舐めたりしている。
(なんだかわからないけど、すっごくムカつく!!)
 ヘネラリーフェは内心で大きな溜息をひとつ吐くと、次の瞬間スクっとベッドから降り立ち、枕とそしてロイエンタールと共用していた上掛けを剥ぎ取って手に持った。
「リーフェ?」
「ミィ」
「お前のことじゃない」
 相変わらず、リーフェと言う名に反応する子猫を制し、ロイエンタールがヘネラリーフェがいきなり行動したわけがわからないという表情で見つめてくるのに対して、ヘネラリーフェは今度はそれとわかるように大きく溜息を吐いて見せた。
(猫にチャチャを入れられて、ロイエンタールもそれに引きずられて、これじゃあまともに話も出来ない)
 内心でそう愚痴りながら、ヘネラリーフェは極上の営業用リーフェスマイルを浮かべると、次の瞬間冷酷に言い放った。
「どうやら私はお邪魔虫みたいだから、退散させていただくわ」
「お、おい!?」
 狼狽えるロイエンタールが制止するのにも構わず、ヘネラリーフェは枕と上掛けを手にスタスタと寝室を出て、隣の居間へと消えて行った。
 一瞬、追いかけて来てくれるかなと、儚い望みを抱いたが、どうやらその気配はない。
 寝室の重厚なドアの向こうからは、子猫の甘えるような(いや、勝ち誇ったような)鳴き声と、それをあやすロイエンタールの声が交互に聞こえてきて、ヘネラリーフェを切なさのどん底へと叩き落とした。
 ひとまず、居間のアンティークの布張りのソファに枕を置いて横になったが、隣の寝室からは相変わらず子猫の鳴き声とロイエンタールの低く通る声が聞こえてくる。
 ヘネラリーフェは逆立つ気分を持て余しながら、思わず上掛けを頭まで引き上げた。
(夜が明けたら、早々に帰艦して出発しよう)
 そもそも、のんびり愛人と逢瀬に及んでいる場合ではなかったのだ。
 ヘネラリーフェは内心で強固に決意し眠ろうとしたが、かと言って苛々が募り、そうそう簡単に眠れるものではない。
 結局、寝返りをうちながら溜息ばかりを吐くという行為を繰り返しつつ過ごすうちに、夜が明けてしまったのだった。

***

「お、お嬢様、そのお姿は!?」
 朝、一睡も出来ないままのヘネラリーフェが着替えてモーニングルームへ降りて行くと、執事が驚いたような声を上げた。
「別に驚くような格好じゃないでしょ?」
 そう、執事以下、誰もが見慣れた姿『軍服』である。
「もうお発ちになるのですか?」
 一週間くらい逗留するのだと思っていたのだろう執事は、いつもの冷静さはどこへやら、幾分狼狽え気味だ。
「そうゆっくりしていられる身分でもないのでね」
 可憐な口元に苦笑混じりの笑みを浮かべると、ヘネラリーフェはテーブルについた。
「お仕事、お忙しいのですか?」
 紅茶をティーカップに注ぎながら執事が問う。
「これから忙しくなる予定なの」
 哨戒艇がやっかいなのと遭遇したらしくてね……
 ヘネラリーフェは溜息混じりにそう言うと、薫り高い紅茶入りのカップを口元に近づける。
 朝食を食べ始めた彼女のグラスにオレンジジュースを注ぐべく、ガラス製のピッチャーを持って執事がヘネラリーフェの横に回った所で騒ぎが起きた。
「ミャア〜〜〜」
 鳴き声と共に、子猫のリーフェが開け放した庭に面した瀟洒なフランス窓(朝日がひんだんに入るようにとの配慮から、床から天井まで填め込まれたものなので、開け放していると外と内側の区別がつかないくらいに開放的になる)からモーニングルームへと飛び込んで来たのだ。
「うわっ!?」
「きゃあ!!」
 使用人達の悲鳴を余所に、子猫リーフェは朝食に支度がほぼ整っていたダイニングテーブルの上を駆け回り、更にヘネラリーフェの横でオレンジジュース入りのピッチャーを手にしていた執事に飛びついた。
「・・・・・」
 一瞬、室内に不気味な沈黙が降りる。
 ダイニングテーブルの上は、ひっくりかえった皿やグラスの割れた破片、それらから散らばった食事や水物の残骸で惨憺たる状況だった。
 尚悪いことに、飛びかかられた執事が蹌踉めいた拍子にピッチャーが手から滑り落ち、中身がヘネラリーフェの頭から降り注いだ為、彼女の髪はずぶ濡れ状態である。
 無論、着衣もオレンジの芳香を漂わせながら、同様にずぶ濡れだ。
「何事だ?」
「フミャ〜〜」
 騒ぎを聞きつけたロイエンタールが瀟洒なモーニングルームに飛び込んで来ると同時に、嬉しそうな鳴き声を上げて(ヘネラリーフェにはそう聞こえた)彼の胸めがけて駆け寄ろうとする子猫リーフェの首根っこをヘネラリーフェの手が容赦なく掴んで捕らえた。
 彼女の額に怒りの四筋が浮かんでいるように見えるのが、気の所為ばかりではないことは、その場にいる誰もが考えたことだろう。
「いい加減にしなさい、この莫迦猫!!」
 叫ぶやいなや、ヘネラリーフェの華奢な手が、子猫リーフェのお尻をぺちんと叩いた。
 再び、沈黙が降りる。誰もが唖然としていた。無論、ロイエンタールも、そして元凶の子猫リーフェも。
 その沈黙の中、ヘネラリーフェの子猫を叱りつける声だけが響く。
 普段のアルトの甘い声と寸分も変わらぬまでも、やはり少々尖った声に、そこにいる誰もが首を竦めた。それほど厳しい声音だったとも言えるのだが。
「あんたね、甘えるのも大概にしときなさいよ!!」
 人間だろうが猫だろうが、生活する上での最低限のマナーってもんがあるのよ。
「子猫だからって、なんでも許されると思ったら大間違いなんだからね!!」
 子猫リーフェは幾分剣呑な目つきながらも、だが幾分しおらしくヘネラリーフェの腕に首を掴まれて宙づりになったまま、お叱りを神妙に聞いている。
「ロイエンタールもロイエンタールよ!!」
 怒りの矛先は飼い主である彼にも当然の如く向けられた。
「飼うと決めたなら、飼い主としての責任も生じるのよ!!」
 猫可愛がりにすれば良いってもんじゃないでしょ。
「本当に可愛いのなら、ちゃんと躾もしなさいよね!!」
 それだけ言い放つと、ヘネラリーフェは呆然と固まったままの子猫を、やはり呆然と固まっているロイエンタールの腕の中に放り込み、着替え(無論、シャワーも浴びずには居られない有様だ)の為にモーニングルームからスタスタと出て行った。
 軍服はクリーニングに出さねばならないような状態で、当然の如く出立も延期。
 執事に聞いてみた所、最短で3時間程あればクリーニングから仕上がってくるだろうと言うので、それまで仮眠を取るべく、ヘネラリーフェは寝室でシャワーを浴びた後、夜着に着替えた上で一旦苛々した気分を沈めようと、部屋の空気を入れ換えるべく窓を全開にした。
 幾分冷たさを感じる風が部屋の中に吹き込んでくる。
 宇宙にいる間は気付かなかったが、日差しはまだ強いものの外には秋の気配が漂っていた。
 庭の木々も微かにではあるが色付きはじめているものもあり、日差しも強いとは言っても真夏の苛烈さはなく、どこか柔らかで穏やかだ。
 不意に、風に混じって舞い込んできた甘酸っぱい薫りが鼻孔を擽った。
「あ、金木犀の薫り……」
 花は小さく、そう目立つものではないのに、自らの存在を強く主張するような強い芳香を放つ金木犀がヘネラリーフェは好きだった。
 ロイエンタール家の裏庭には、春夏秋冬それぞれに美しく色づき咲き乱れる樹木や花々が植えられているが、中でも厳冬の風の中で咲き誇る梅と秋の金木犀は特に見事だと思う。
 どちらも、庭の中でもそれほど目立つ場所に植えられているわけではなく、敢えて生い茂る樹木達の奥の方に植えられているのだが、それがこの庭を整えた職人の趣向でもあるらしく、姿を見せずして薫りを運んでくる様は、なるほどどこか幽玄で神秘的だ。
 窓を開けたまま、金木犀の薫りに酔いながらベッドに潜り込もうとしたヘネラリーフェは、だがもっと薫りを身近で感じたくなり、薄いシルク仕立ての夜着の上に白地に金糸で刺繍を施したゴブラン織りのナイトガウンを羽織って階下へ降りると、居間のテラスから素足のままで庭へと出た。
 思った通り、外の方が部屋の中より数段芳香が強い。
 少々行儀が悪いものの、ヘネラリーフェは芝生の上にゴロリと横になった。
 草の香りと地の温もりが心地良く躰を抱き留めてくれる。
 四季の中で最も好きな秋の気配と薫りを存分に味わいながら、ヘネラリーフェがウトウトとし始め、そしていつしか睡魔の腕に抱かれスヤスヤと深い眠りへと墜ちていった。

***

 鼻孔を、金木犀の薫りと共に、滝のような清涼感と海のような爽快感をあわせ持つ少しスパイシーな、でもほんのり甘い薫りが擽る。
(ロイエンタールの薫りだ……)
 夢うつつの世界でそんなことを思っているうちに、可憐に色付く薄紅色の口唇に、ヒンヤリ冷たい感触が押し付けられてきた。
 やがて濡れた感触が口唇を掠めたと思ったら、今度はそれが強引に口唇を割り、中へと侵入してくる。
 舌を絡め取られ、強く吸われ、吐息さえも貪られ……ヘネラリーフェは無意識にその口付けに応え、だが互いの口唇の合わせ目から淫靡な水音が微かにし始めたその瞬間、ハッとしたように青緑色の目を開いた。
「ロ、ロイッ!?」
 見慣れている筈なのに、さすがにドアップで秀麗で端正な貌を見せ付けられると、胸が高鳴る。
 気付けば、ヘネラリーフェの頭はロイエンタールの膝の上にあり、彼の優美な指で琥珀色の柔らかく流れる髪を弄ばれている状態だ。
 秋の日暮れは早く、空を見上げれば陽は既に傾き、西の空がそろそろ茜色に染まりつつある。
「ちょっと、今何時!?」
 軍服がクリーニングから仕上がってくるまでの三時間程を仮眠に充てるだけのつもりだったのに、どう考えてもそれ以上、いやどれほどの時間眠っていたのかなど考えたくもないくらいの時間を睡眠に費やしていたことに気付いたヘネラリーフェがガバっと勢いよく身を起こしかけたのを、だがロイエンタールの腕が阻んだ。
「ちょっ……離してよ」
 さすがに悠長なことをしていられないとばかりに、ヘネラリーフェが真面目な表情と口調で抗議するが、聞き入れられる気配はない。
 今頃宇宙港では、補給と艦の整備と点検を終わらせた旗艦シリウスが、出航準備を万全に整えて司令官の帰艦を待っていることだろう。
 それを思うと、一層焦りが増す。
「ロイエンタール、お願いだから離して」
 いつものような喧嘩を売っているのかとも思える叱りつけるような物言いではなく、本気で困惑しているような声音を耳にしたロイエンタールが、端麗な口元に少し寂しげな苦笑を浮かべながら彼女の細い躰を強く抱き締めた。
 ヘネラリーフェが朝、モーニングルームで執事に向かって何気に言った『これから忙しくなる』という言葉の意味を、帝国軍統帥本部総長であるロイエンタールは正確に把握している。
 シャーテンブルクから発進した哨戒艇が厄介なものと遭遇したという詳細な意味もだ。
 艦隊総司令官として、ただでさえ過酷で危険な任務を負うヘネラリーフェが、これから更なる危険に晒されることが予想されるだけに、ロイエンタールの心中は穏やかではない。
 しかも、今回の逢瀬は本当に予定外のもので、それだけに彼の心が掻き乱されていると言っても良いのだ。
「その割に、昨夜は猫にご執心だったじゃないの」
 ヘネラリーフェの可憐な口唇から恨み事が放たれ、同時に彼女の青緑色の双眸が潤み出したのを見て、ロイエンタールは声を失った。
 あの気の強いヘネラリーフェが泣いている。
(たかが猫のことだと軽く考えていたが……)
 だが、ヘネラリーフェにとっては決して『たかが猫』ではなかったのだ。
「案外焼き餅焼きだったんだな、お前は」
 確かに昨夜の自分のヘネラリーフェへの態度は反省するに値するものがあると思い直したロイエンタールだが、まさか自尊心の高いヘネラリーフェが猫ごときに嫉妬するとは思いもせず、だがまた新たに彼女の意外な一面を発見したようで、ヘネラリーフェへの愛しさが一層増す。
 ロイエンタールは、咄嗟に彼女の華奢な躰を横抱きに抱き上げると、屋敷の中へ向かって歩き出した。
「ロイエンタール、本当にお願いだから離して」
 このままロイエンタールの腕の中にいれば、離れがたくなる。
 今回、子猫のリーフェに二人の仲を邪魔されたのは、案外神の采配かもしれない。彼の温もりに溺れぬうちに別れれば、寂しさも少しは薄れてくれるかもしれないのだ。
 だから、後生だから、艦に戻らせてくれ……ヘネラリーフェの真摯なその言葉を、だがロイエンタールは頑として聞き入れなかった。
 昨夜、猫を追い払ってでもヘネラリーフェを抱かなかったことが悔やまれて仕方ないのだ。だから……
「野暮を言うな」
 昨日抱きそびれたからな……
 低く甘く響く声でヘネラリーフェの耳元にロイエンタールが何事かを囁く。と、次の瞬間、彼女の白皙の頬が桜色に染まった。
(俺はお前に飢えているんだ……)
 虫達の鳴き声が賑やかになり始める秋の夕暮れ時、二人の姿が寝室の内側へと消え、分厚いドアが重厚な音を立てて閉められる。
 秋の夜は、長い。
 子猫のリーフェは、ヘネラリーフェに叱られて意気消沈したのか、それとも彼女を女主人と認めたのか、ロイエンタールを追って寝室へ入ることはせず、夕闇の中でも輝く青緑色の瞳を寝室の方へ向けながらも、私室の居間のソファの上に寝そべったまま動かなかった。

Fin

*かいせつ*

前作『水の吐息』で、ヘネラリーフェにロイエンタールを引っ掻かせるという設定を使えなかったので、その続編を書いてみたのですが、やっぱり引っ掻かせることが出来ないまま終わってしまいました(^^;;
でも、子猫リーフェに嫉妬しちゃうヘネラリーフェを書けたので、とりあえず目的は果たせたでしょうか。
それから、最後のロイエンタールの台詞の「俺はお前に飢えているんだ……」も、思惑通りに入れられたので、とりあえず満足です(#^.^#)
さて、『かくてる♪ていすと』の既刊本を持っていらっしゃる方はお気付きかと思いますが、前作の『水の吐息』と今回の『Jealousy』は、本の中の設定を一部持ってきて書かせていただいたお話です。
ラインハルトとはなんだか仲が良さそうだし、シャーテンブルク要塞だの、外周艦隊司令官だの、総旗艦シリウスだのという単語が出てきて「?」な方もいらっしゃったでしょうが、それらは既刊本の方で進んでいるお話の中の設定で、基本的に本とネットの創作の世界は切り離して書いているのですが、猫を飼うロイエンタールの傍にヘネラリーフェがいては困るという所から、今回だけ本の世界をこちらに引っ張ってきてしまいました。
わけがわからなかった皆様には、ここで深くお詫び致しますm(__)m
更に、夏の新刊をお持ちの皆様・・・夏に二人が会っていたことはなかったものとして、このお話を読んで下さると有り難いです(^^;;
パラレルってことで、ひとつよろしく(ぺこりん)

2003/10/03 かくてる♪てぃすと 蒼乃拝